卓話

2021年

会員卓話 重要文化財草野家住宅 平成令和大修理の経過 草野義輔会友

2021年09月22日

重要文化財草野家住宅 平成令和大修理の経過

草野義輔会友

 

本日は我家の重要文化財の修理の話を少しさせて頂きます。

もう数ヶ月でスタートから8年かけた工事が終わります。あわせまして今日卓話の資料として皆様にお配りしている大分合同新聞の 「灯」コラムを書いております。特にこの黒漆喰と白漆喰の話を中心にしていきたいと思います。

 

実は17年コラムを書いておりまして180回目のコラムになりました。春よ来いという文章は春よ来いで始まり、しめくくりも春よ来いとなっており、この文章の作り方はコラムのお手本と大分合同新聞に褒められました。

 

古文書からの油断大敵とありますが、古文書は読めないので内容はわからないのですが、幸い織田会友が天瀬の古文書研究会の主宰をしておりまして、声をかけて頂き大変感謝をしています。いくつもの古文書を解読して頂きました。

 

 

話は戻りまして平成26年から令和3年の約8年間の工事、よく工事金額はいくらなのか聞かれます。最終的には9億円ほどになりました。 1期から4期工事があります。各工事を行うごとに国は必ず入札をするよう指示があります。約9億の80%が国から出ます。残りが県や市そして私個人が負担しながらこの改修工事にたどり着いたという事であります。

 

 

店棟は黒漆喰の仕上げになりました。この下の小さな蔵は白漆喰です。ここは物置になっていましてミシミシ言っているような状態でした。この建物は今回の解体工事で分かったのですが、天保2年、1832年か1831年位です、180年ほど前に2階を増築していたことがわかりました。その時よりあたっていませんので今回180年ぶりの改修工事となります。誰も最初の姿は見たことがないという風な事が言えると思います。店棟ですが解体をするために鉄骨ですべて覆いますが一部道路に出るのでここが難しいところでした。ここに河津建設さんが「平成の大修理」の言葉を入れております。 壁の解体は手作業で行います。土が溜まっていますが全部保管し復元するときに再利用します。瓦は1枚1枚はがします。すべての瓦に青いテープを張ってそれぞれに番号がついています。この瓦の番号をチェックして使えるものは再利用するわけです。この建物だけでも6000枚から10000枚の瓦があります。すべて手作業で1枚1枚おろしていくとういうような作業になります。こうやって瓦を下ろし、土を下ろし、板を下ろして梁や柱を外していきます。全部手作業で大変な作業です。解体の段階では何があるかわからないので建築会社はあまり儲からないらしいです。そして柱や梁に番号を付けて使えるものは再利用するようになります。鉄骨の下はコンクリートの塊で補強します。重要文化財の指定になると勝手に穴を掘って足場を作ってはいけないので、重しとなるコンクリートを使ってます。木材は腐った箇所を新しい木で繋ぎ再利用します。大工さんの手間暇かかった仕事となっています。

 

 

ようやく再構築が始まります。瓦は特注になりますがかなり新しくしました。屋根が出来たら鉄骨の解体になります。ここで吉野さんの日田クレーンが活躍してくれます。復元中は左官さんが一つ一つ丁寧に仕上げてくれます。なまこ壁の下は実は互でその上に漆喰を付けるわけです。この写真は日田そして全国的にも有名な原田左研が黒漆喰を仕上げている状況です。光るような黒で感動いたしました。これからは白漆喰の話ですが、壁を壊す前にチェックしたら、下塗りがあり中塗りがあり上 塗りがあって最後に漆喰で仕上げてます。4回の塗工程をしていることが解体時に分かりました。仕上がり後の鉄骨解体時に白い屋根が出てきたときは感動しました。先日床屋に行った際に「あの白い壁や屋根は素晴らしいですね」と大変喜んで頂きました。民間の家では九州ではまずほとんどないと設計事務所は言っていました。

 

 

この写真は国宝姫路城です。規模は違えど仕組みとしては同じ白漆喰でやっています。上から我家を見ますと屋根を白漆喰で固めています。修理としてはここまでです。我が家にも有名な人の書が残っていまして、これは綺麗なすっきりした字で頼山陽の字です。次にこの字は、普通は読めませんが一人だけ一目見て読んだ方がいらっしゃいます。有馬頼底さんです。この書は山岡鉄舟が書いたものです。次に松方正義が書いたものです。生花は假屋崎省吾の作品です。

 

このようなことで予定通り行けば12月に工事が終わり、3月までに最後の仕上げをして一応我家の修理は全て終わる段取りとなっています。

 

 

最後にもう一つ話を用意しています。ゴルフについてですが、オーナーなのかオナーなのかという疑問があります。オナーが正しい言葉です。 最初に打つ名誉でオナーです。私は最初に打つ権利を持つことでオーナーかと思っていました。

次にディポットから打つのは難しいといいますがこの表現は正しいのか、厳密にいえば正しくないです。ディボットは正確にはショットで取れたターフの事を指すので、正確には「ディボット跡から打つのは難しい」となります。

最後にこれもよく間違えるのですが、6インチリプレースと6インチプレース、どちらが正しいかといいますと、言葉としては両方ありますが、リプレースとは元に戻すという意味になるので、6インチ動かしてよいのは6インチプレースになります。グリーンではリプレースが正しいという ことだそうです。 以上これで本日の責任を終えたいと思います。本日は有難うございました。

草野義輔会友

 

本日は我家の重要文化財の修理の話を少しさせて頂きます。

もう数ヶ月でスタートから8年かけた工事が終わります。あわせまして今日卓話の資料として皆様にお配りしている大分合同新聞の 「灯」コラムを書いております。特にこの黒漆喰と白漆喰の話を中心にしていきたいと思います。

 

実は17年コラムを書いておりまして180回目のコラムになりました。春よ来いという文章は春よ来いで始まり、しめくくりも春よ来いとなっており、この文章の作り方はコラムのお手本と大分合同新聞に褒められました。

 

古文書からの油断大敵とありますが、古文書は読めないので内容はわからないのですが、幸い織田会友が天瀬の古文書研究会の主宰をしておりまして、声をかけて頂き大変感謝をしています。いくつもの古文書を解読して頂きました。

 

 

話は戻りまして平成26年から令和3年の約8年間の工事、よく工事金額はいくらなのか聞かれます。最終的には9億円ほどになりました。 1期から4期工事があります。各工事を行うごとに国は必ず入札をするよう指示があります。約9億の80%が国から出ます。残りが県や市そして私個人が負担しながらこの改修工事にたどり着いたという事であります。

 

 

店棟は黒漆喰の仕上げになりました。この下の小さな蔵は白漆喰です。ここは物置になっていましてミシミシ言っているような状態でした。この建物は今回の解体工事で分かったのですが、天保2年、1832年か1831年位です、180年ほど前に2階を増築していたことがわかりました。その時よりあたっていませんので今回180年ぶりの改修工事となります。誰も最初の姿は見たことがないという風な事が言えると思います。店棟ですが解体をするために鉄骨ですべて覆いますが一部道路に出るのでここが難しいところでした。ここに河津建設さんが「平成の大修理」の言葉を入れております。 壁の解体は手作業で行います。土が溜まっていますが全部保管し復元するときに再利用します。瓦は1枚1枚はがします。すべての瓦に青いテープを張ってそれぞれに番号がついています。この瓦の番号をチェックして使えるものは再利用するわけです。この建物だけでも6000枚から10000枚の瓦があります。すべて手作業で1枚1枚おろしていくとういうような作業になります。こうやって瓦を下ろし、土を下ろし、板を下ろして梁や柱を外していきます。全部手作業で大変な作業です。解体の段階では何があるかわからないので建築会社はあまり儲からないらしいです。そして柱や梁に番号を付けて使えるものは再利用するようになります。鉄骨の下はコンクリートの塊で補強します。重要文化財の指定になると勝手に穴を掘って足場を作ってはいけないので、重しとなるコンクリートを使ってます。木材は腐った箇所を新しい木で繋ぎ再利用します。大工さんの手間暇かかった仕事となっています。

 

 

ようやく再構築が始まります。瓦は特注になりますがかなり新しくしました。屋根が出来たら鉄骨の解体になります。ここで吉野さんの日田クレーンが活躍してくれます。復元中は左官さんが一つ一つ丁寧に仕上げてくれます。なまこ壁の下は実は互でその上に漆喰を付けるわけです。この写真は日田そして全国的にも有名な原田左研が黒漆喰を仕上げている状況です。光るような黒で感動いたしました。これからは白漆喰の話ですが、壁を壊す前にチェックしたら、下塗りがあり中塗りがあり上 塗りがあって最後に漆喰で仕上げてます。4回の塗工程をしていることが解体時に分かりました。仕上がり後の鉄骨解体時に白い屋根が出てきたときは感動しました。先日床屋に行った際に「あの白い壁や屋根は素晴らしいですね」と大変喜んで頂きました。民間の家では九州ではまずほとんどないと設計事務所は言っていました。

 

 

この写真は国宝姫路城です。規模は違えど仕組みとしては同じ白漆喰でやっています。上から我家を見ますと屋根を白漆喰で固めています。修理としてはここまでです。我が家にも有名な人の書が残っていまして、これは綺麗なすっきりした字で頼山陽の字です。次にこの字は、普通は読めませんが一人だけ一目見て読んだ方がいらっしゃいます。有馬頼底さんです。この書は山岡鉄舟が書いたものです。次に松方正義が書いたものです。生花は假屋崎省吾の作品です。

 

このようなことで予定通り行けば12月に工事が終わり、3月までに最後の仕上げをして一応我家の修理は全て終わる段取りとなっています。

 

 

最後にもう一つ話を用意しています。ゴルフについてですが、オーナーなのかオナーなのかという疑問があります。オナーが正しい言葉です。 最初に打つ名誉でオナーです。私は最初に打つ権利を持つことでオーナーかと思っていました。

次にディポットから打つのは難しいといいますがこの表現は正しいのか、厳密にいえば正しくないです。ディボットは正確にはショットで取れたターフの事を指すので、正確には「ディボット跡から打つのは難しい」となります。

最後にこれもよく間違えるのですが、6インチリプレースと6インチプレース、どちらが正しいかといいますと、言葉としては両方ありますが、リプレースとは元に戻すという意味になるので、6インチ動かしてよいのは6インチプレースになります。グリーンではリプレースが正しいという ことだそうです。 以上これで本日の責任を終えたいと思います。本日は有難うございました。

委員会卓話 雑誌委員会白石章二委員長

2021年09月01日

委員会卓話

雑誌委員会白石章二委員長

今日は、今月号の「ロータリーの友」皆さんと一緒に見ていきましょう。まずは横書きページからです。ここは、ロータリークラブ運営のための様々な情報が載っています。まずはRIシェカール・メータ会長のメッセージです。9月は基本的教育と字率向上月間とのことです。次に目とまったページはヘルプマークを普及させようというページで 。なかなか普段気が付かないマークですが、これをつけているには気をつけて接していきたいものです。 次は、ロータリークラブの公式ロゴについての記事です。私自身あまり気に留めていませんでしたが、改めて知ることができ、とてもためになりました。 次にロータリー財団についての手引きが載っています。今後就される会長さん、幹事さんにとって大変重要な内容だと思います。

 

そして次に「ロータリー希望の風奨学金」についての説明です。これは東日本大震災で両親もしくはひとり親を失い、現在大学や専門学校で学ぶ学生を対象にした奨学金で、月5万円支給される還不要の奨学金です。私も初めて知り、とても素晴らしい事業だなぁととても感心しました。さて、逆から開く縦書きのページですが、こちらは各クラブや会員の皆さんの活動報告、現況報告が載っています。また、俳句、短歌、川柳の投稿ページもあります。早く私たちもこのページに掲載されるような奉仕活動が再開できたらと思っています。 せっかく毎月会員全員に配られる雑誌ですので、有効に活用できるように、これからも面白い記事があれば皆さんにお知らせしていきたいと思います。

新入会員卓話 門松孝治会友

2021年08月25日

 

新入会員卓話門松孝治会友

7月から入会させていただきました九州電力の門松と申します。宜しくお願い致します。

 

本日卓話という事でしたので営業所の方のキッチンスタジオでエプロン姿で冷凍食品等をIH器具で調理してお見せしようかと思いましたが、最初ですので真面目にやらせていただきます。自己紹介と今話題になっている「カーボンニュートラル」について簡単に説明させて頂きたいと思います。

 

お手元の資料は九州電力のカーボンニュートラルに向けた取り組みのダイジェスト版になっております。お持ち帰りいただきお時間のある時にゆっくり見て頂ければと思います。

 

生年月日は昭和41年5月25日で、今年で55歳になります。門松という名前は大分にはあまりいないと思います。私は高校時代3 年間野球をしておりまして、私の時代で一番強かったのが春の大会でベスト4に行きました。高校を出て学校の先生になって野球の指導等に携われたらいいなと当時は思っていました。しかし当時就職担当していた野球部の部長から呼び出されまして「九電から求人が来ている」と、今年は誰も希望者がいないらしく今年受けないと来年から求人が来なくなるとの事で、受けるだけでもいいから受けてくれと言われ受ける事にしました。試験当日、性格上負けたくないという気持ちになりアピールし合格してしまいました。その後担任と野球部長から親共々呼び出され、合格したのに断る と後々学校に迷惑がかかってしまうので行ってこいと言われ就職した流れとなります。

 

電力の自由化が始まって、その後福島の事故、計画停電や電気料の値上げ等皆様に大変ご迷惑をお掛けしました、営業活動も10年間ぐらい出来ませんでした。創業以来大変厳しい時代を経験し、4~5年前からやっと営業活動も再開しました。今では別会社を作り関東関西に営業をかけ、出来るだけ九州にお金を持ってこようと考えてます。

 

カーボンニュートラルについてご説明させていただきます。テレビや新聞でよくみられるとは思いますが、資料にあるようにこれは人類のエネルギー消費量のグラフです。19世紀半ばからエネルギーの消費がのびてます。これは蒸気機関が発明され、発電が行われるようになって人類の生活様式が急激に進化したことによるものです。世界のエネルギーの消費量と世界のCO2の排出量を見るとヨーロッパ等は横ばいの状態ですがアジア圏は急激にのびています。これらを踏まえて菅総理がカーボンニュートラルを宣言しました。今年の7月のサミットの中でも2030年度に温室効果ガスを2013年度から45%削減と表明しています。2018年の時に2013年比2030年度までにマイナス25%~26%という数字が出ていたのにいきなり20ポイントも変わってます。これを達成するためには日本全国で取り組まないと難しいです。日本は取り組みが遅いと世界から圧力をかけられてこのような宣言をしたと思います。各世界の状況は資料の通りです。日本ではカーボンニュートラルを宣言している自治体が432あります。これらの自治体がいつまでにといった具体的な目標はまだでておりません。いまこういう状況ですが、まずカーボンニュートラルとは何かという事ですが、温室効果ガスを0にするという事です。発電で出るCO2や廃棄物の 焼却で出る新エネルギーのCO2等を含めて温室効果ガスといいます。カーボンニュートラルではこれを出さないようにする。しかしどうしても出てしまうので出る部分については山林や森林の整備をして吸収させる取り組みをします。2018年度のCO2の排出量ですが電力の発電にかかわる分が約4割です。ここのCO2を出す発 電を減らしていくという事になります。九州電力としてはお手元の 資料にダイジェスト版で記載しております。ご参照ください。

 

今後2050年に向けて我々はCO2を出さないようにして今後 CO2を出さない電源を使って電化を進めていくことに向けて取り組んでいきます。

外部卓話:イサゴタクシー株式会社  後藤信寬社長 

2021年08月18日

「私の履歴書」

イサゴタクシー株式会社 後藤 信寬 

 

 今日は『私の履歴書』と題し今までの経歴を時系列でお話しします。
 実は私は以前日田中央ローターアクトクラブに入会しておりまして、2012年に日田で年次大会を行った際は日田ロータリークラブ様より多くのご登録をいただきました。この場を借りてあらためて御礼申し上げます。

 

1、略歴
 私は昭和57年生まれ39歳、吹上在住で妻と妻の両親、子供3人暮らしです。林工卒業後建築塗装会社東工業に入社。塗装工見習いとして働きながら、チャンピオンを目指しボクシングを始めプロライセンス取得。生涯成績5戦4勝1敗で引退。地元日田に戻り父が経営する藤山観光に入社。9年間バス運転士として働いたのちに「創業社長になりたい」と思い退社したが、事業を行うことが出来ず、もがいている中で商工会議所青年部の当時の末武会長から日田玖珠地域産業振興センターが求人募集していることを聞き、面接を経て同団体に入社、日田産品の販路拡大のミッションを受け流通対策専門員として日田市アンテナショップひた生活領事館を担当。その後紆余曲折を経て縁あってイサゴタクシーの株を取得する形で同社代表取締役に就任。現在に至ります。

 

2、ボクシング時代
 元々格闘技が好きでプロレスやボクシングなどテレビでよく見ていました。当時ガチンコファイトクラブという番組がありよく見ていたのですが、ボクシングをよく調べてみると体重別に17階級に分かれており一番下の階級は47.61キロのミニマム級であると知りました。当時50キロしかなかった私は「体重が同じならチャンピオンになれる」と思い込み「ミニマム級の世界チャンピオンになる」と決意し、そのためには東京に行ってボクシングを始めなければならないと考え、東京の就職先を探しました。
 東工業という建築塗装会社に入社し、寮に住みながら塗装工の傍ら渋谷三迫ジムに入会し塗装工見習いとボクシング練習生の生活が始まりました。一生懸命頑張りましたがランクが上がるにつれ力の差を感じ挫折。ボクシングを辞めて地元に戻りました。

 

3、バス運転士・日田中央ローターアクト時代
 地元に戻り藤山観光で9年バスの運転士をしました。28歳で結婚を機に営業を始める中で知人からローターアクトの紹介を受け入会、アクト活動を一生懸命やる中で、年次大会を日田で行なうことが出来ました。

 

4、(公財)日田玖珠地域産業振興センター時代
 32歳で入社。地場産業振興を目的に主に福岡都市圏でのイベント企画運営やアンテナショップひた生活領事館の担当をさせていただきました。思うような売上が作れなかったり、効果的なPRが出来なかったり失敗も多かったのですが、地場産業にかかわる多くの人と知り合うことが出来、今につながる良い経験を積むことが出来ました。

 

5、イサゴタクシー代表
 タクシー業界は過疎化のあおりを受け近年市場規模が大きく減少しており、非常に厳しい経営状況です。業界再編(M&A)は生き残る手段の一つで、旧経営者の苦渋の決断だったと思います。令和元年6月に株式譲渡する形で事業承継いたしました。10月から代表取締役社長として経営をはじめ、人員の配置転換、営業時間の変更、業務効率化を図り徐々に上向きかけていた矢先、コロナウィルス感染症が拡大し緊急事態宣言で大きな痛手をこうむったのですが、行政の支援策をフル活用しなんとか危機的状況をしのぎました。

 今後の展開を考える中で、現在の本社は旧経営者からお借りしているため、立地条件の良い土地(旧小松軒跡地)を確保し本社と車庫を移転する事にしました。お金がない中での計画のため、旧経営者のご親類である河津建設の河津社長に相談すると「俺に任せておけ」とおっしゃっていただき社屋施工を行っていただきました。 隈町の新社屋で市民の足として末永く事業を営んでまいる所存です。

 

会員卓話:日田市における新型コロナウイルスワクチン接種ついて 膳所会友

2021年08月11日

日田市における新型コロナウイルスワクチン接種ついて

日田市医師会会長 膳所和彦

 

8月となり全国ではデルタ株を主とした新型コロナウイルス感染症が再び急激に拡大しこれまで以上の感染者数の増加を認めており、いわゆる第5波が襲来しております。

日田市におきましても徐々に感染者数が増加傾向で、特に先週からは県外からの多くの帰省者に関連する新規感染が多数報告されてきています。特にこの数日間の感染拡大は顕著であり、感染症指定医療機関であります済生会日田病院の現在の入院者数は21人となっています。24床(6床から一時的に増床)の専用病床がほぼ満杯となっており、医療逼迫状態がすぐそこまで来ています。

 

一方、日田市におけるコロナワクチン接種は、

①本年3月より医療従事者(歯科医師、薬剤師、救急隊も含む)と高齢者施設関係者、
②5月より一般高齢者、
③7月末より基礎疾患のある方、60-64歳、高校3年生、
④8月末より12-59歳の方と 国が示した優先順位に従い、事業を行って来ました。

接種方法は集団接種(アオーゼ)、個別接種(一般医療機関)、職域接種に分けられ、各々順調に事業が進んでいます。

7月31日の時点で、日田市における全人口に対する接種率は1回目 40.3%、2回目32.%であり、これは大分県平均の1回目37.6%、2回目27.4%を超える数字となっています。また高齢者接種も1回目90.4%、2回目82.5%と予想以上に多くの方の接種がほぼ完了しました。

 

日田市ではファイザー社ワクチンを主に使用し、職域接種のみがモデルナ社ワクチンとなります。ともにm-RNAワクチンで、その有効率は94-95%と非常に高くなっています。副反応については接種後に接種部位の痛み、筋肉痛、倦怠感、発熱などが見られますが、ほとんどが軽症であり数日で回復することが報告されています。但し、1回目接種より2回目接種で頻度が高く、また若年者で多く見られる傾向でした。

 

最も重大な副反応であるアナフィラキシー反応は日本全体で1,776例(0.003%)報告されていますが、ほとんどが迅速な処置にて回復しています。これまでのところ日田市ではこのアナフィラキシー反応報告例はありません。現在緊急事態宣言やまん延防止等重点措置法が一部の地域で発令されていますが、人の流れはまったく静止できていません。

新型コロナウイルス感染症を収束させる唯一の手段が、このワクチン接種となります。できるだけ多くの市民の皆様へ、できるだけ早く、コロナワクチンを接種していただくこと 強く希望いたします。

 

お盆休みがピークを迎える中、新型コロナ感染症患者がさらに増加することが危惧されます。皆様におかれましては、万全の感染防御対策を実践し、なるべく自粛生活していただくことをお願いいたします。

会員卓話:会員増強維持委員会 佐藤浩之委員長

2021年08月04日

8月は会員増強・新クラブ結成推進月間ということで、会員増強維持委員会よりお話しをさせて頂きます。

先日も発表しましたが、本年度の

 

【活動方針】は今年度2名増を目標とし、60名の会員数を目指す。

【活動計画】は1、今年度は純増2名の会員増強を目指す。2、女性会員の積極的な入会を勧める。3、各委員会と協力して現会員の退会防止に努める。

 

という事で活動してまいります。

 

 

そこで今日の卓話は、活動計画3番目の会員の退会防止に努めるという観点から、これまでに退会された方々へのロータリーによる調査結果という資料がございましたので、その内容をお話しさせて頂きます。これはロータリー歴1年以内から段階的に10年以上のケースまで調査されていますので、皆さんそれぞれのロータリー歴によって興味をもって頂けるといいと思います。

 

ロータリーによる調査結果

クラブの強化は、退会理由を理解することから始まります。退会者アンケートはロータリーが、世界中のクラブにおける退会理由を調査した結果と、その対策です。

 

入会後1年以内の退会

1年以内に退会する会員の多くは、入会前に会員義務について十分な説明を受けてなかった、入会後にロータリーに関する十分な教育を受けなかった、という理由を挙げています。また、出席規定や経済的な負担、期待したほど会員同士の交流がなかった、という理由もありました。

 

対策

*会員となることで得られる機会、会員として果たすべき義務を、入会前に十分説明する。

*有意義な入会式を行い、クラブ全員で入会者を歓迎する。

*楽しく、活気があり、堅苦しくない雰囲気をつくる。

*新会員のメンターとなる会員を決める。メンターは、クラブの文化と伝統を 新会員に説明し、質問に答え、ほかの会員との交流を援助する。新会員が連絡なく例会を欠席した場合は、メンターが連絡を取って事情を聞く。

*新会員オリエンテーションを実施する。

*新会員を委員会委員などの役割に抜擢する。

*新会員と対話する機会を設け、ロータリーについてよく理解してもらう。

 

入会後1~2年後の退会

入会1~2年後に退会した会員の多くは、クラブに溶け込めなかった、期待したほどの親睦がなかった、多忙で出席規定が守れなかったという理由を挙げています。

 

対策

*会員が関心のある活動や委員会に参加できるようにする。

*クラブの親睦や活動を活性化させるアイデアを会員から募る。

*青少年交換学生の世話役や、ロータリーアクト/インターアクトクラブとの 「連絡役となってもらい、若者との交流を図る。

*新会員だけでなく入会後1~2年後の会員にもメンターを付ける。メンターとの相性が合っているかどうか定期的に確認し、会員が別のメンターを望む 場合は、ほかの会員に交代してもらう。

 

入会後3~5年後の退会

入会3~5年後に退会した会員は、期待ほどの親睦がなかった、クラブのリーダーに不満を感じた、多忙で出席規定が守れなかったという理由を挙げています。

 

対策

*リーダー的役割を担う機会を与える(役員、メンター、地区活動への参加など)そうすることで、クラブに貢献し、重視され、運営上の決定にかかわっていると実感してもらう。

*会員の意欲を高め、例会や活動の活性化を図るために新しい試みを取り入れたり、現会員の教育プログラムを実施したりする。

*クラブ改善のアイデアを会員から募る。 *会員が自分の専門知識やスキルを活用できる機会を設け、その貢献を認める。

 

入会後6~10年後の退会

入会6~10年後に退会した会員からは、期待ほどの親睦がなかった。 クラブのリーダーに不満を感じた、という理由が挙げられました。また、退職や 移転による退会もありました。

 

対策

*多くの人と知り合い、所属クラブ以外での経験を積んでもらうために、地区の活動(地区大会の計画、地区委員会など)に参加したり、ロータリー親睦 活動グループへの参加を勧める。

*退職とともに退会を予定している会員には、退職後もクラブに留まり、豊かな経験を活かして若手会員のメンターになるなど、後進の育成にあたることを進める。

*移転する会員をMy ROTARYからほかのクラブに紹介する。または、退会者がほかのクラブへの移籍を希望する場合は、ロータリーに知らせるよう勧める。

*会員が自分の専門知識やスキルを活用できる機会を設け、その貢献を認める。

 

入会後10年以降の退会

入会10年を過ぎて退会した会員の多くは、例会や活動に関心が持てないことを理由として挙げています。また、退職、家庭の事情、経済的な負担、健康上の理由から退会を選ぶ人もいます。

 

 

対策

*できるだけ対話の機会を設け、上記のいずれかの理由によって退会する可能性があるかどうかを探る。理由自体を変えることができなくても、事情を認識することで、退会という事態を避けられる場合があります。

*例会を活性化するアイデアを募る。または、ガバナー、ガバナー補佐、地区委員会委員長となることへの関心があるかどうか尋ねる。

*(退職などによって)経済的な負担を感じている場合、会費を軽減することを検討する。

*会員が自分の専門知識やスキルを活用できる機会を設け、その貢献を認める。

*新会員のメンターとなることに関心があるかどうか尋ねる。

 

以上がロータリーによる退会者への調査結果でありました。これを見まして私が思ったことは、退会する理由はたくさん有る様ですが、まずは会員増強維 持委員の私自身がこの退会者にならない様、努めて行きたいと思います。

新入会員卓話:大塚智会友

2021年07月28日

新入会員卓話 大塚 智会友

株式会社オオツカ 大塚酒店の大塚智 です。本日は、新入会員卓話ということで、会社や個人について何か話しをと うことでしたので、簡単な自己紹介と仕事について、お話しさせていただきます。

1971年10月18日生まれ、10月で50歳になります。咸宜小学校入学、東部中学校入学、日田高校入学、立正大学入学、株式会社マイカル入社 (旧ニチイ、ビブレ)、26歳の時に日田に戻り、家業の酒屋を継ぎます。

もともとは、うきは市吉井で「花吹雪」というお酒を造る酒蔵をしていたようですが、曾祖父さんの時に2~3年連続で作りに失敗して、三芳小渕町に移転して小売の酒屋を始めたようです。残念ながら当時の記録が、昭和28年の筑後川大水害で全て流れてしまい詳しいことはよくわかりません。

全て流されたのち、現在の中央一丁目に移転し酒屋を再開。三芳小渕町では新たに木履製造業を始めました。私の父である、大塚武明が酒類販売業を継承し、叔父である豊三郎が木履製造業を継承。現在は、酒類部を私が、履物部を従兄弟の裕一が経営しています。

ホテル、レストラン、居酒屋、スナック、バーなどの飲食店を対象とした業務用酒類卸。市内近郊、約200件ほどの飲食店様や、企業、事業所様とお取引しております。地元日田の地酒や焼酎、全国の銘酒、自然派ワイン、シャンパーニュ、シングルモルトなど2,000種類以上の品揃えです。

J.S.A 認定ソムリエ・J.S.A 認定 SAKE DIPLOMA・SSI 認定馴 酒師・SSI認定 焼酎朔酒師などワイン、日本酒、焼酎の資格を持ち、お客様のお好みや料理にあうお酒選びのお手伝いをします。

また、ホームページを刷新し情報発信やオンラインショップでの販売にも力を入れています。フェイスブックやインスタグラムといったSNSもやっておりますので、ぜひご登録お願いします。

「なしのお酒 梨園」は、今から15年ほど前に、「水郷ひたを代表するような特産品を作りたい」という思いから開発した商品になります。当時、美味しいのに少し傷があったり、形や大きさが基準をクリアしていないことから市場に流通しない梨が年間130トンほどありました。しかし梨は、味や香りが繊細で、色も褐変しやすく 加工が難しい為、有力な加工品がありませんでした。そこで農商工 業連携ということで各分野のプロにお集まりいただき梨園プロ ジェクトチームとして梨園を開発しました。


私と、全日本フレアバーテンダー協会の会長を努め、世界一にも輝いたことのあるBar if の江田氏が、企画、監修を務め、JAおおいた日田梨部会の130軒の梨農家さんが、丹精を込めて作った梨 を、株式会社つえエーピーさんで搾汁。出来上がった高品質の日田梨果汁をベースに老松酒造さんの高い技術力により、「なしのお酒 梨園」を作り上げました。

 

トップバーテンダーの江田氏が満足する味と品質の梨リキュールの開発は、困難を極め、完成まで3年の月日を費やしました。その分、味も香りも素晴らしく同業他社が真似できないクオリティーの「なしのお酒 梨園」が生まれました。まるで梨そのものを食べているようなみずみずしい美味しさと、日田梨の梨袋をイメージしたパッケージが話題となり、日本全国、さらには台湾や香港などの海外へと販路が広がります。発売から10年を超えるロングセラー商品となり、累計40万本以上を販売する大ヒット商品に成長しました。なしの生産者、食品加工メーカー、酒造メーカー、流通・小売業者、レストラン・飲食店など関連する分野の裾野が広く、大分県の農商工連携のモデルケースとし て取り上げていただきました。このように、地域に貢献できる商品 の開発に携われたことは本当に嬉しく、また光栄に思っています。

 

以上、私の自己紹介と事業内容、取扱商品についてお話しさせていただきました。コロナ禍により、酒類業界、飲食・旅行業界は、大変苦労しておりますが、精一杯、頑張りたいと思います。

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