2015年
会長の時間22 平成27年12月16日(水)
2015年12月16日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
歌謡曲の詩
今年の6月、NHKの歌番組を見ました。歌は『親父』という曲で、歌手:大島花子、作詞:笹子重治・・・誰だろう?・・・外でもない、坂本九ちゃんでした。
私は、この歌を初めて聞きました。ご存知の方も多いと思いますが、聞いていてジーンときましたので歌詞を紹介したいと思います。節をつけて歌えれば、感動も、もっともっと伝わると思いますが。
15の時に酔っぱらい 親父にゲンコで殴られた
稼ぎもねえのに 飲むんじゃねえ 飲みたきゃ稼いで 自分の金で飲め
17の時にかせいで飲んだ 親父のゲンコで殴られた
かせいだ全部を飲むんじゃねえ 少しは残して おふくろ喜ばせ
今日の為に飲むんじゃない 明日の為に飲むもんだ
19の時おふくろと飲んだ 親父にゲンコで殴られた
母ちゃん なんで泣かすんだ 親孝行のマネして 飲むんじゃねえ
20才になって親父と飲んだ 親父にまたゲンコで殴られた
親より先に酔っぱらいやがって それでも 手前は男か だらしねえ
男は酒に飲まれるんじゃない 明日に生きるために飲む
今夜の酒は親父の酒だ あなたも もうゲンコで殴れまい
親父の写真に 黒いリボン 初めて あなたの笑顔の前で飲む
今夜は酒に飲まれてしまいたい もう一度 あなたに殴ってほしいから
男は酒に飲まれるんじゃない 明日に生きるために飲む
男は酒に飲まれるんじゃない 明日に生きるために飲む
私もこういう気持ちで毎晩飲んでいます。
歌は、ほんの2、3分間で人の心をわしづかみします、そして揺さぶります。スピーチもこれ程濃いスピーチが出来たらな、と羨ましいかぎりです。
会長の時間21 平成27年12月9日(水)
2015年12月09日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
今晩は、今日は年末恒例のクリスマス家族会です。沢山の奥様方そして子供さん方に参加して頂き誠に有難うございます。奥様方に喜んでもらうのが今日の第一の目的です。
また、今年名誉会員になって頂いた、チャーターメンバーの井上幸一会友もおいで頂いています。懐かしい雰囲気をゆっくり楽しんで頂きたいと思います。
ところで、今年度、会長になりまして、はや半年になろうとしています。江藤幹事と2人3脚でやってまいりましたが皆様のご協力のおかげで何とか過ごしてまいりました。
アッという間の半年であったような気がします。あとの半年間も気を抜かずにやってまいりますので、皆様のご協力宜しくお願いします。
このあと、親睦委員会の方々がいろいろと趣向を凝らしておられるようです。
バイオリンとクラリネットの演奏もあると聞いており、素晴らしい演奏者と伺い大変期待をしています。やはり良いものを聞き、良いものを見ると言う事は自分達の感性を磨くためにも大切なことではないかと思っています。
今日は、皆様とご一緒に楽しい一時を過ごしましょう。
会長の時間20 平成27年12月2日(水)
2015年12月02日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
先週流会しました年次総会を継続致しますので、会長の時間は短く終わらせたいと思います。 これは、ボーターズという選挙関係の機関紙に掲載されていた文章です。
昨今の政治論争では、国会の二院制の是非が問われています。では、そもそもなぜこれまで二院制が望ましいとされてきたのでしょうか。実は、二回審議して慎重を期すため、という理由からではありませんでした。
古典的な回答を示したのはジェイムス・ハリントンです。ハリントンはチャールズ1世処刑後の混乱するイギリスで、理想の国家案として『オシアナ共和国』を発表します。彼はここで、2人の少女が1つのケーキを公平に分けるにはどうしたらよいかという問いを吟味しながら、二院制の利点をしめします。
少女たちには、たくさんケーキを食べたいという利己心があります。
しかし、ケーキを切る人と選ぶ人を分けるだけで良い、というのがハリントンの解答です。
切る人がおかしな分け方をすれば、自分が損をするだけです。
同じように、法案を準備する院と、法案の採否を決める院は区別すべきと彼は主張します。
この様な原理で、衆議院と参議院が機能していけば、良い結果が出るのではないでしょうか。
会長の時間19 平成27年11月25日(水)
2015年11月25日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は年次総会です。後程重要な話し合いが行われますので、その前に軽い話でリラックスしてもらおうと思っています。
今日のテーマは『二八そば』という題です。
落語に、夜になって腹が減り、合わせて15文しか持ち合わせのない2人連れが16文のうどんを食べたいのだが1文足りない。そこで悪知恵を働かせて、うどんを食べた後支払いの段になってうどん屋のおやじの手に、「ひい、ふう、みい、よう、・・・八、今何時だい、へい九つです、 十、十一、・・・十六」という咄がありますが、ご存知でしょうか。
江戸時代は長い間、うどんの値段が16文と決まっていました、うどんも蕎麦も値段は一緒で16文です。今日のテーマである『二八そば』の名前の由来には二通りの説があります。1つめは、2x8=16文と値段をしゃれて言う説と、2つめは、小麦を2、そばを8と、つなぎの役目の小麦粉を2割入れるという説です。
『二八うどん』とはあまり耳にしませんので、小麦粉を2割合入れる方が有力かもしれません。私が注目しているのは値段が16文であると言う事の方です。
江戸時代の中期から後期までの、約100年間の長きにわたってうどん、蕎麦は16文と同じ値段です、これは幕府が値段を抑えていたこともあります。その為現在の物価と比較するときには便利です。
蕎麦の値段は、昔が16文で今では500円ということです、そうすると1文=31円、1両=3万1千円と言う事になります。しかし食料の値段は「生活の基礎」であるため、いつの時代も安く抑えられています。私の試算では、米では1両=4万5千円、しかし人件費は1両=24万円ぐらいになります。近頃の人件費は食料に比べてひどく高くなっています。全体の感じとしては、1両=10万円より少し上という所でしょうか。千両箱を盗むと1億円になります、しかし重量は25kgもあります。簡単に担いで屋根伝いに逃げたり出来ません。
いろいろ申しましたが、食料は生活の基であって、値段はいつの時代も低めに安定させられています。ここが私の一番残念に思う所です。
食料品の値段を抑えるということは農産物の値段が抑えられます。農産物の値段が抑えられれば農家の収入が上がりません、農家の収入が上がらなければ農業を継ぐ人がいません。したがって、ますます農村は疲弊し過疎になってしまいます。いわゆる限界集落、消滅集落です。
我々は、自給自足を忘れてはいけません、商業、工業だけで日本は成り立っていると思うのは、おごりです。やはり、バランスの良い社会を考えて行くべきだと思います。
会長の時間18 平成27年11月18日(水)
2015年11月18日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は、佐藤定款細則委員長の卓話となります。
この度、定款細則委員会の佐藤委員長はじめ、橋本副委員長、草野委員、梅野委員、佐竹委員、武内委員、のおかげで、立派な日田ロータリークラブ定款細則の冊子が出来上りました。委員会の皆様には大変感謝を致し、熱くお礼申し上げます。なお、この冊子は他クラブの手本となるような立派な出来栄えだと喜んでいます。
私もこの定款細則の作成にはかなり思い入れがあります。それは4年前の2011年6月、木下ガバナー(当時)主催の定款細則セミナーに出席したのがきっかけです。
その席上で、2010年の規定審議会で、青少年分野の奉仕活動が第5の奉仕活動として標準定款に盛り込まれた、その為定款を改める必要がある、と言う事でした。
私には何のことやらさっぱりわかりませんでした。それまで定款細則の存在すら知りませんでした、早速帰って麻生さんに定款細則の事を聞いたのが始まりです。
そのセミナーの中で、1つだけ印象に残った諺があります、それが
『ロータリーを蝕む病気がある、それは 【前例のまま穏便に症候群】 という病気だそうです。これに罹る率は非常に高く、この治療法はただ1つ、クラブ細則の改正にある。』
と言う事でした。それで訳も分からず細則を調べることになったわけです。
その結果、2012年3月に定款細則の卓話をさせてもらいましたが、その時にこの細則は、実際の日田クラブの習慣とは合っていない必ず改正すべきであると強く感じました。
今回会長となり、細則の改正に取り組む良い機会だと思い、定款細則委員会を立ち上げ、現在に至っています。
一方、定款はそのまま受け入れなくてはなりません。但し、クラブの名称と、所在地だけは変更出来るとなっています。そこで日田クラブの所在地が以前は、市町村合併前の日田市、日田郡となっていたのを日田市に変えるよう申請を出してみました、当然承認されました。
規定審議会が2010年、2013年と3年ごとにあり、ここで定款が審議され変更されます。
現在配布している手続要覧は2013年度版で、次は来年の2016年に規定審議会が開かれ、翌年に翻訳した2016年度版が地区に回ってきます。その時点で定款と細則を変更する必要が出てきます。ただ細則まで変更する必要があるかどうかはわかりませんが、今後も3年ごとに見直しが必要になってきます。
会長の時間17 平成27年11月11日(水)
2015年11月11日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
今月は財団月間ですので、本日の卓話は原財団委員長が行います。
卓話の前に前座として、私が財団の寄付について少しお話しさせてもらいます。
先日の米山記念奨学生の卓話は素晴らしいものでした、あのように優秀な学生の為になっている寄付は意義有るものだと感じました。一方財団の方でも、地区補助金を利用してミャンマーに小学校の建設を行い、今年は井戸掘りを行おうとしています。
このようにロータリーでは、財団と米山への寄付が車の両輪のように、社会奉仕の重要な基金になっていると感じています。
4年前に2720地区ガバナーから、財団寄付を100$から150$に値上げするように要請がありました。日田ロータリーではその当時80$しか寄付をしていませんでした。クラブ拠出金の方を50$から60$に値上げしてようやく100$に届いただけです、地区の希望する150$にはまだまだ届きません。そこで皆さんに自ら進んで、しかも喜んで寄付をして頂くしかないという考えになりました。
去年の地区平均が102$、今年の日田ロータリーの予定が110$、皆様全員が寄付を希望してくだされば、これが160$になります。私は皆様全員が財団、米山の両方に寄付をすることを希望して下さるよう期待しています。
次にお配りした資料をご覧ください。日田ロータリーの寄付の仕組みを書いています。入会して10年間は財団に100$寄付します。これは銀行引き落としとなっていますので自分がどこに寄付しているか良く存じていない方も多いと思います。10年たって1000$になるとポールハリスフェローになります。その後は財団に変わって米山に1万円を寄付する事になります、これも10年立って10万円になると1回目の米山功労者となります。
そうゆう訳で、寄付を希望される方は、来週11月18日までにFAXにて事務局へご連絡して頂ければ幸いです。
会長の時間16 平成27年11月4日(水)
2015年11月04日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は、日田ロータリークラブ恒例のチャリティーバザーです。沢山の商品を提供して頂き大変ありがとうございます。中西社会奉仕委員長はじめ役員の方々、早朝よりお世話をしていただきご苦労様です。今日はお客様に喜んでもらえるように頑張っていきましょう。
一つ気がかりなことは、毎年1、2件のクレームがあります、特に賞味期限切れの食品が多いようです。今年は十分注意して頂き、各テーブルの班長さんや班員の皆様も、時間の許す限り商品のチェックをお願い致します。
会場が開きますと大変混雑いたします、奥様方も大変と思いますが、会計の方宜しくお願いいたします。
チャリティーの収益金は、一般会計とは別に管理したいと考えています。
本日は頑張っていきましょう。
会長の時間15 平成27年10月28日(水)
2015年10月28日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
今日は、先ほど職業奉仕賞の贈呈を行いました。今年度の受賞者は漆芸家の相澤秀一(ひでかず)さんです。
相沢さんは、今は漆芸家ですが、35年前、私が初めてお目にかかった頃は絵画の方で県の会員として活躍されていました。八人の騎士と書いて八騎会というグループがあります。そのグループ展の案内状に、(30年以上前に、九州の日田市に絵画に情熱を燃やす八人の男たちがいました。「八騎会」と称してグループ展を重ねました。グループ員の息子の一人が著名な漫画家になりました。情熱は引き継がれているものと信じます。)とこの様に「ふたたび八騎会展」の案内状に記しています、相澤さんも八騎の内の一人です。
何時の頃からか絵画を離れ家業を継がれたのでしょう、漆芸の方に取り組んでいかれたようです。相澤さんは代々続いている伝統技術を継承し、今後に引き継いでいく大きな役目を担っています。今からも、素晴らしい作品を期待しています。
話しは変わりまして定款細則についてですが、10月14日に佐藤定款細則委員長から、日田ロータリークラブ細則を皆様に配布しご意見を求められました。
細則の規定には、第14条・改正 という項に、細則を変更するには、
10日前に全員に書面による通知を行う事、 例会において定足数を満たす出席会員の2/3が変更を指示する事、となっています。
10日間の周知期間は経過しており、あとは皆様に賛成して頂くばかりです。
本細則案は、定款細則委員会で十分検討し作り上げられたものです、そして理事会においても承認されています。最後にこの例会で2/3の賛成を得て日田クラブの細則として採用したいと思います。
それではこの細則案を、日田ロータリークラブの細則として採用することに異議はありませんか?
全員異議なしと認め、本細則案を日田クラブの細則として採用する事が承認されました。
今後印刷に回し、11月18日の卓話において佐藤委員長から解説が行われる予定です。
会長の時間14 平成27年10月21日(水)
2015年10月21日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
先週の自由討論会には、ご協力頂きありがとうございました。今までにない例会が出来たのではないかと喜んでいます。
今月は米山月間でありますので、今日は米山奨学生シェド、デルシャン氏をお招きしての例会となります。私は今まで、米山記念奨学会の事については勉強不足で内容をほとんど知りませんでした。ほんの一週間ほど、にわか勉強をしました。
まず我々ロータリアンがなすべきことは何だろうと考えました。第一に職業奉仕だと思います、しかしこれはロータリアン以外の人でも、職業人としてほとんどの人が実践している事と思います。
それ以外に、ロータリアンとしてどんな奉仕ができるかと考えますと、それは寄付をすることではないでしょうか。ロータリーには、ロータリー財団と、ロ-タリー米山記念奨学会と、二つの大きな基金があります。我々が直接活動しなくても、この二つの組織が地域に、世界に奉仕活動を行ってくれています。我々は、親睦と知り合いを広める事も良いのですが、財団や米山に寄付をすることによって社会に奉仕する事も重要だと思います。
自分達が寄付をしても、その使い道が良く解らない、という意見もよく聞きます。
しかし本日のように、立派になられた米山奨学生が卓話をしてくださるという事は、それだけ奨学生の役に立っていると言う事ではないでしょうか。
また財団基金の方も、学校を建設したり、井戸を掘ったりする資金に活用されています。
私は今、これほど寄付の重要性を感じていますが、自分自身能々考えてみますと、米山記念奨学会に一度も寄付したことがありません、大変申し訳ない事です。早速この場で梅野米山記念奨学委員長に、今年度から1万円の寄付を行う事を申し出ます。
実はこれには少し訳があります、日田クラブの習慣として10年未満の会員は全員財団の方へ100ドルの寄付をします。10年目からは財団に変わって今度は、米山記念奨学会の方へ1万円の寄付を行うようになっています。この習慣は少し見直した方が良いかもしれません、このような訳で私より若い会友の方は、まだ全員米山奨学会へ寄付をした事がありません。この機会に10年未満の会友の方も、是非自分も米山へ寄付したいと思っていただけると大変うれしい事です、多分大勢おられると思います。
もう一つお願いですが、10年以上の会友も、米山だけでなく財団の方にも100ドル寄付してもよいぞと太っ腹なところをみせていただくと、益々うれしい事です。
本来この話しは、原財団委員長の卓話の日にお話しする予定でしたが、今日はなぜか、こういう成り行きになってしまいました。11月11日の財団月間の日には再度詳しくお話しするつもりでいますので、宜しく御考慮して下さるようお願いいたします。
もう一つ報告があります、チャーターメンバーの井上幸一氏が、日田クラブの名誉会員になって頂けることになりました。井上百合会友にお礼申し上げます。
会長の時間13 平成27年10月14日(水)
2015年10月14日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
今日は、2500回の記念すべき例会であり、出席率も江藤幹事の努力と皆様のご協力のおかげで93.3%となりました。
只今、2500回記念にちなんだ、2500円の豪華昼食を楽しんでいただきました。
また今日は、雰囲気も変わり丸テーブルでの例会となります。この後コーヒーとケーキを楽しみながら、「ロータリーの楽しみ方」というテーマで自由討論をしていただきたいと思います。
私は会長になる際、今年度の目標に3つのテーマを掲げました。
1・定款細則を見つめ直そう
2・ミャンマーに井戸を掘ろう
3・未来の日田市を想像し、創造しよう。
1・定款細則を見つめ直そう。については
佐藤定款細則委員長のご努力のおかげで、原案が先週の理事会で承認されました。
本日は、細則を皆様にお配りしていますが、不都合がないか最終チェックをお願いするものです。この件については、後程佐藤委員長からご説明があると思います。
自画自賛になりますが、この細則は200点満点の素晴らしい出来栄えだと喜んでいます。
2・ミャンマーに井戸を掘ろう。
原財団委員長に補助金の申請を提出して貰いましたが、前回の学校建設の時と同じようにアメリカ財務省から別途書類の提出を求められました。橋本会友に対応して頂き、無事補助金も確保し、事業を世話してくださる古庄氏へ10月4日に14万185円の資金を託しました。乾季の12月に工事を行うようです。日田クラブから現地視察団を1月末~2月初めに計画しなければなりません、ふるって御応募ください。決して強制指名入札にならないよう希望します。
3・未来の日田市を想像し、創造しよう。
この件は少しテーマが重すぎたかなと思っています。これは常に考えておくべき問題ではありますが今回は、地方創生大臣と少子化の総務大臣のお仕事内容をゆっくり見学させて貰おうと思っています。我々はもっと身近な「ロータリーの楽しみ方」というテーマで、本日気楽に自由に討論していきたいと思います。
4番目の番外に、映画「KANO」映写会を2クラブ合同で行いたいと取り組んでいます。
この事業を後援してもらう為に、県の教育委員会、日田市、西日本新聞社、大分合同新聞社の4部所に会友の井上県議、中央の藤井会長、私と3人でお伺いし、一応内諾を得たところです。
以上中間報告です。
会長の時間12 平成27年10月7日(水)
2015年10月07日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
先週の週報をご覧ください、NO.2499です。来週は丁度2500回となります。
江藤幹事が計画してくれておりますが、2500回にちなんで、2500円の豪華フルコースになるようです、ご期待ください。
もう一つ次週は、私の念願である自由討論を開催いたします、テーマは『ロータリーでの楽しみ方』です。六つの丸テーブルを用意しますので各テーブル毎に、自分自身のロータリーの楽しみ方を御自由にお話しして下されば、益々楽しいロータリーになると思います。
本日の会長の時間は、ルーツを求めてというお話しを致します。
玖珠クラブの会長、幹事がお見えになっておられますが、私の先祖も玖珠の出であることは間違いないようです。私の苗字は織田、織田信長の織田です、先祖をたどってみると、6代前までは織田信長の織田ですが、7代前は小さい田の小田です。どうして改名したのかわかりません。丁度塩谷代官のころに改名しています。
小さい田の小田は、玖珠の切株山の西麓に小田村があり、此処が出身地です。これは頼み寺や親戚がこの付近に集中していることからも分ります。
小田村は小田氏の発祥の地で、小田氏は清原一族の山田氏の流れをくみます。山田氏は、北山田や南山田の辺りが本拠地です。
玖珠では清原一族が絶大な勢力を持っています。少納言清原の正高が970年頃、玖珠に左遷させられます。その孫に3人の男の子があり、長野太郎、山田次郎、飯田三郎となり、長野太郎はその後、古後、帆足と勢力を伸ばし、山田次郎は平井、太田、小田、魚返、さらに粟野、今村、原田、志津里、原口、綾垣と勢力を拡大します。また飯田三郎は、江良、野上、松木、森、そして、片平田、岩室、右田、中島、見良津と広がっていきます。
このように、少しずつ領地を広げながら、その地の名前を名乗っていきます。
玖珠の飯田幹事は飯田三郎の流れではないでしょうか。
清原の正高は、京で小松女院と道ならぬ恋に落ちた為、玖珠に流されてくる訳ですが,その後、小松女院も後を追って京から玖珠までやって来ます。正高には、すでに妻も子供も居る事を悲観して自ら三日月の滝に身を投げるのです。
又、1336年南北朝の時代には、切株山の玖珠城が南朝方の拠点となり、小田氏、魚返氏、高勝寺の僧兵が立て籠って、北朝方の一色勢との数か月にわたる激戦の末敗れています。
この様に名字一つからでも、色々なことが分かってきます。古い地名等特に改名しない方がよいかと思います。
会長の時間11 平成27年9月30日(水)
2015年09月30日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は、済生会日田病院の緩和ケア病棟での職場例会です。職場例会を支えて下さるスタッフにお礼申し上げます。
私は昔、保健体育の授業で『健康な身体に健全な精神が宿る』と教えられました。体調不良であるとか、頭が痛いとかあれば、良い考えも浮かんでこないし、良い経営もできないと思います。我々はやはり健康が第一です、また家族の一員が悪くてもしかりです。
ところで、今日の会長の時間は、熊本県立大理事長の五百旗頭真氏の文章からの引用です。
五百旗頭と書いて、いおきべと読みます。難しい読み方ですが、侍大将の子孫でしょうか。
平時にまさかの事がある、私の場合、長期入院などしたことがなかった。が、昨年6月、高熱を発し全身が震え、大学病院に転げ込んだ。胆石が暴れ出て十二指腸への出口をふさいだための敗血症であり、即日の手術が成功しなければ命はなかったという。
それであって、格別に忙しくなったのが妻であった。妻には母と姉の看病や、うれしい四人目の孫の世話があった。それに私の入院が加わった。若々しく駆け巡って活躍する妻を、家族一同まぶしく見ていた。
今年二月終に母が逝った後、妻は腹部の異常を訴えるようになった。病院は血液にもエコーにも問題はないという。
本人には癌であることをひた隠しにする風習が、日本社会ではいつ頃から後退したのだろうか。私には死ぬこと自体よりも、自分に何が起こっているかわからないことの方が耐え難い。妻はどう思うかわからないが、私は告知をお願いした。
5月15日入院中のベッドに横たわる妻に、長身の主治医が身をかがめて近づき、優しく穏やかに語りかけた。いたわりに満ちた態度であったが、内容はもはや手術もできない末期のすい臓がんであるとの冷厳な事実の通告であった。日ごろ物事に感じやすい妻がどう受け止めるであろうか。妻は涙と感情を抑え、ゆっくりとした口調で短い質問を発した。「いつ頃まで生きられますか」。医師は「神様にしかわかりません」といいながら、厄介な状況であり、早ければ半年かもしれない、家族と良い時間を少しでも長く持てるように尽くしたいと述べた。「いつ頃から侵されていたんでしょうか」との質問への応答の後、妻は自らの境遇への所感を口にした。「ほかの家族でなく、私でよかったと思います」
本日は、緩和ケアとはどんな仕事かよく勉強して帰りたいと思います。
会長の時間10 平成27年9月16日(水)
2015年09月16日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
観月例会
本日は観月例会ですが、あいにくの雨で月は見えません。
観月会と言えば秋、中秋の名月とが決まっています。しかし、満月は年に12回か13回あります。それなのに何故、春や夏ではなく秋なのでしょうか、余計なことを詮索してみました。
まず、秋には日本から見た月の位置が、観月に最も適しているということらしいです。時間と角度がピッタリと言う事でしょうか、天文学に素人の私には全くわかりません。
次に、秋の15夜の事を、芋名月と呼ぶ地方もあるそうです、やはり収穫の秋に感謝する行事ではないでしょうか。里芋の煮っ転がしが月見団子です、ススキと団子とお酒を備えて月に収穫を感謝する、理にかなった風習ではないでしょうか。
3番目は、子供の頃名月様には庭の松の木の枝に、芋や枝豆、栗、お菓子をお盆にのせて置いておくと、村の子供達が、大きな声で「上げたか、下げたか」と言って家々を回りお盆を見つけては、中身を持ち帰る。そう云う風習があったのを思い出します。
今日は観月例会で飲み明かすのもよいでしょうが、少し古事(いにしえごと)にも思いをはせて、味わいながら飲むのも風流ではないでしょうか。
会長の時間9 平成27年9月9日(水)
2015年09月11日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
これは、天瀬の古湯公民館の壁に貼ってある、天瀬古湯温泉の謂れを書いた史料の一部ですが、出展は豊後風土記の一節です。豊後風土記は奈良時代の七三三年頃編纂されたと言われています。
天武七年戊寅(六七八年)北部九州に大地震(白鳳大地震)があり五馬の庄に温泉が出たようですが、場所は特定できていません。現在玖珠川の両岸にある天瀬温泉の何処かだろうと思われます。人の声を聞けば、驚き慍りて泥を騰こと一丈ばかり、とあることから、大きな間歇泉であったと思われます。
昔は、今と違って、お湯が自然に湧き出した物を温泉と言いました。主に湯治のための使ったのでしょう。
会長の時間8 平成27年9月2日(水)
2015年09月02日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は市長をお迎えしての例会となります。
皆様も市長のお話をお待ちでしょうから、会長の時間はなるだけ短くやらせてもらいます。
ところで皆さん、歯は丈夫ですか、私は今も歯医者通いをしています。
私の歯が悪くなった原因は、元々弱かったこともありますが、私は絵を描く時に、魂を詰め過ぎたのではないかと思っています。この因果関係を説明するには長くなるので省略します。今日のテーマは『歯が抜ける』という題です。これは「抜粋のつづり」から、東京女子医科大学名誉教授、岩田誠先生のお話です。
今は昔、100歳を向かえる長寿の方が珍しかった頃、先生の診ていた、その当時90歳を超えておられた、患者さんのお話です。その方は歯がすべて抜け落ちてしまって、食事も柔らかくしたものだけ食べておられた。ある時、「入れ歯はお持ちでないですか」と尋ねると、次のように答えられた。
「歯が抜け落ちるということは、それなりの意味があると思います。多分、この年になると胃腸の働きも、若いころと同じではないのだと思います。そんな状態で、若い頃と同じものを食べようとすれば、胃腸を壊してしまいます。歯が全部抜けたということは、これからは歯がなくても食べられるものだけを食べるようにと、神様が仰っているのだと思います。」・・・と答えられたそうです。
私(先生)はそれまで、歯が抜けることの意味なぞ考えたことがなかった。齢をとればやってくる、いささか悲しい結末の一つとしか思っていなかった。日常診察の合間に交わしたほんの些細な会話だったが、深い知恵を授けられた気がしてとてもうれしくなった。
と言う話しです。
私たちも、自分の歯を大切にしましょう。特に暴飲暴食はさけ、たまには家で食事をとり、年齢にあった食生活を心掛け、そしてそれぞれ仕事に励みまし
会長の時間7 平成27年8月26日(水)
2015年08月26日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
昨日朝の台風はすごかったですね、一瞬、平成3年の台風19号が頭をよぎりました。私の所は4時まで停電しましたが、皆様の所は被害がありませんでしたか、お見舞い申し上げます。
本日は、三隈高校総合学科のお話ですが、園田先生、日小田先生、後程宜しくおねがい致します。
それでは会長の時間ですが、今日は「気球太平洋横断」の話をします。
今年2月の朝日新聞で、佐賀発の気球『世界記録』を達成という記事を見ました。
気球は佐賀を出発してメキシコ沿岸に着水したそうです。
気球は何日でアメリカまで到達できたと思いますか?・・・ 答えは7日と半日です。
気球は、1月25日の早朝佐賀を出発し、1月31日午後11時頃メキシコ沿岸に着水したそうです、7日半で到着しました。7日半は時間に直しますと180時間となりますが、なぜか新聞の公式記録には160時間となっていました。飛行距離は10,700kmです、これを時速になおしますと67Kmとなり、猛スピードの自動車の速度です。
昔、風船爆弾の話を聞いたことが有りますが、1週間ぐらいなら、どこに落ちるかは別にして、有りうるかなと思いました。
ところで、地球は大きいと思いますか、小さいと思いますか。
私は小さい頃、地球は水平でどこまでも広いと思っていました。40代の頃、飛行機でヨーロッパに行った事があります。その時地球は意外と狭いなと感じました。
多分人工衛星に乗った人は、地球は小さな綺麗な星だと思っているでしょう。なぜこの小さな星の中で争いがあるのだろうと大変心配していると思います。
地球が小さいと感じるようになったのは、乗物のスピードのせいです。
江戸時代までの移動手段は、徒歩、馬、船です。ところがこの船は以外と早いのです。
年貢米を運ぶ船に、上乗り人という人がいます。この人は、百姓の代表で読み書き、そろばんが出来、元気の良い庄屋職を務められるような人が年貢米の監視人になります。
この人の日記によると、伊勢から浦賀まで1日半で着いたそうです、これにはびっくりしました。その代り風待ちのため何日も停泊することがあるようですが、そういえば、紀伊国屋文左衛門のみかん船の話もあります。
そして現代は、自動車、汽車、飛行機の世の中です。ここから江戸まで300里、1日6里歩いて50日、今は飛行機で1時間半。この時間の短縮が地球を小さくしてしまいました。確かに地球は思っていた以上に小さいです、そして人間の生活廃棄物が自然環境を少しずつ変化させます。銘々勝手に消費していたのでは、終には取り返しのつかないことになるでしょう。この小さい地球を大事にしなければなりません。
気球から、とりとめのない話になりました。
会長の時間6 平成27年8月19日(水)
2015年08月19日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
本日は、藤蔭高校インターアクトのメンバーをお迎えしての例会となります。
7月31日に私と、江藤幹事、松本新世代委員長の3人で、恒例の藤蔭高校への訪問を行い、顧問の梶原先生にお会いしてきました。翌、8月1~2日にはインターアクトの年次大会が水俣で開かれ、それに8名の藤蔭高校のインターアクトと梶原先生、日田クラブからは湯浅地区インターアクト副委員長、松本新世代委員長、諌山会友の3名、合計12名と、例年になく多くのメンバーに参加して頂き、今年の藤蔭高校の意気込みのすごさを感じました。今日は、この報告会です。
藤蔭高校では生徒会が、東南アジア支援物資等輸送活動という素晴らしい事業を19年間も継続しています。去年は段ボール200個の支援物資を海外に発送したそうです。
聞くところによるとこの輸送費用がたいへん高額になるため、この費用集めにボランティア委員会が、企業を訪問し協賛金をお願いしているようです。日田クラブも協賛金として1万円を4年前から始めました、また、日田クラブの会友も9社ほどが協賛を続けています。これだけ素晴らしい活動を高校生がやっているのに、我々ロータリアンは見ているだけでよいのだろうか、もう少し何か支援が出来ないものだろうかと常々考えていました。
今年度は協賛金1万円の他に些少ではありますが、インターアクトクラブに4万円ほど支援致しました。会友の皆様方も、この活動の趣旨に賛同して頂き、9社に限らずもっと協賛して頂ければ幸いに存じます。
私の勉強不足で、我々が、インターアクトクラブとどのように接して行けばよいのか良くわかりません。今日のような機会に、インターアクトの方も自分たちの活動を発表し、大いに宣伝し、自分たちはこんな素晴らしいことをやっているのだ、しかし、こういう点が難かしいのだ、と伝えてもらえば、優しいロータリアンの皆様はきっと良い解決方法を教えてくれるでしょうし、支援もしてくれると思います、きっと頼りになります。
インターアクトクラブとは、この外にダメ絶対運動でも共同活動していますし、里山散策ではクラブのメンバーにコースや児童の監視に参加して貰っています。
提唱クラブは、指導、助言、監督の責任を持っているとなっていますが、それだけでなく支援も含め、協力して諸問題に対応していけたら良いなと思っています。
会長の時間5 平成27年8月12日(水)
2015年08月12日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
日田クラブも最近新会員が増えてきましたので、私の事をご存知でない方も多いと思いまので、まず自己紹介からさせて貰います。
私は、ロータリー歴8年9ヶ月、職業分類は山林経営です、経営する程の山林は持っていません。林業関係に、佐藤建身会友、井上明夫会友と外にもおられましたので、たまたま開いていた山林経営にはめ込まれたものと思っています。
私の仕事は、山に木を植え、根ざらいをし、真直ぐな木を育て、伐採し、出荷する事を生業にしています。伐木は少しぐらい出来ますが、ほとんど業者に委託し、主に日田郡森林組合に出荷しています。全部伐採して出荷する方法を全伐と云い、立木を間引いて出荷する方法を間伐と言います。40年前は、全伐が主流でしたが、間伐方式に切り替え、漸く軌道に乗ってきた平成3年(今から24年前)、台風19号が北部九州を襲い、日田市の山林は壊滅的打撃を受けました。それから10年間は、倒木を整理する為の伐採、植林の為の山林の片付、そして植付けと毎日朝から晩までよく働きました。
一方木材価格の方は、昭和55年(35年前)をピークに下落し始め、上質材で、㎥(リューベ)3万円していました。平成に入ってからは、上質材でリューベが9千円、切り出しと市場の経費が8千円、手元に残るのが1千円という状態です。10トントラックいっぱい積んで1万円の手取り、即ち1万円の買い物をするために、大型トラック1台分材木を積んで行く必要がありました。普通材はもっと安く、0(ゼロ)又は赤字という状態です。そういう中でも山林の手入れだけは欠かさず行っています。
外材の需要が8割と言う状況の中で、円が1ドル120円まで安くなれば、外材の輸入が減り価格も上がるだろうと考えていましたが、この考えも通用しませんでした。
今も木材価格は一向に上がりません。現在、空家が問題になる程木造住宅は飽和しています、そして新しい住宅には木材を使う事が少なくなっています。杉、檜は建築に使ってこそ価値があります、燃料用に使えばよいと言う人もいますが、燃料材はまた桁違いに安くなります。
今は木造建築の時代ではないという人が多いと思いますが、木造は決して粗悪品ばかりではありません。一般の木造に対する考えの方が間違っているのです、木造建築は高級品なのです。奈良の大仏殿のような大建築も出来ます、五重塔のように高いものも出来ます、そして千年以上も長持ちします。皆さん、お金をたくさん稼いで、高価な立派な木造住宅を作って下さい。
私は現在、ボランティア精神で空気中の炭酸ガスを、木材質に変えて山林に蓄積しています。所謂炭酸ガスのダムをせっせと作っています。いつの日かダムを放流することなく、再び木材に陽が当たる時が来ると信じて、手入れだけは怠りません。
会長の時間4 平成27年8月5日(水)
2015年08月05日
7月18日(土) 職業奉仕セミナーとクラブ奉仕セミナー報告 (大分ホルトホール)
午前中 職業奉仕セミナー 出席:織田、橋本会友
午後 クラブ奉仕セミナー 出席:織田、吉野会友
午前の職業奉仕セミナーでは、 職業奉仕とは、職業分類について、という2つのテーマでグループ討議を1時間ほど行いました。ディスカッションリーダーは午前も午後も、私のグループは野田ガバナーが務めて下さいました。
●職業奉仕とは、職業を通じて社会に奉仕する。これについては、正しい倫理観を持って職業を実践すれば、即ちその結果が職業奉仕につながってくる、と解釈しました。
また、我々ロータリーアンは、まず第一に商売があって、次に家庭があり、最後にロータリーがある、この順序を間違はないようにしなければいけないと感じました。
●職業分類については、以前は1業種1名の原則であったが、近年は、1業種5名まで良
いとなっています。これは会員増強を促進するためには良い方策であり、一定の成果は上っているが、その結果出席率の低下を招いている感がある。
午後のクラブ奉仕セミナーでも同じ形式で、ゲストの講演、グループ討論、発表、講評
と行われました。近頃はグループに分かれて各自が意見を述べる方式に変わってしまい、以前のように、聞いていればよかったセミナーとは少し様変わりしました。
グループ討議では、出席率を向上させるためには、効果的なクラブ作り、魅力的な例会作り、という3つのテーマで討論する予定が、出席率の向上だけで時間が終了しました。
●出席率向上については、メーキャップの奨励、新会員には後見人をつけ出席のアドバイスを行う等、一般的な方策が多い中、別府、別府北RCは今も100%出席を続けている。
日田クラブも昔は100%であったと、ベテラン会員が何時も残念がるのですが、それを現在も続けている事に大変感動しました。
彼らは、入会時から、オリエンテーションで必ず100%出席が義務であり、クラブの厳しい掟であると諭されていて、それを実行しているだけだそうです。
実質出席率は85~90%の様ですが後はメーキャップを必ず行っている様です。
発表した別府の会員は、本人が入院中の病院を抜け出して、例会には出席したそうです。
(我がクラブの幹事も似たようなことをしていて、大変頭が下がる思いです)
やはり入会時の教育が大事であり、日田クラブも、これまでの取組が少し甘かったのではないかと反省させられます。(しかしそうは言っても7~8年前は、とにかく会員増強が第一で、出席まで気が回らなかった時期もあった気がします。)
また、若い会員の為には、忙しい昼間を避けて、夜間の例会を月1度の割合で行っているというクラブも多々ありました。但し、お酒無しの普通の例会です。
会長の時間3 平成27年7月29日(水)
2015年07月29日
日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎
先週25日(土)に嘉義玉山ロータリークラブの翁会友とご家族の方、それと嘉義大学の学生さんや家族の方16名が日田に来られ祇園祭を楽しまれました。学生さん方は翁さんのセミナーのメンバーです。夕食をサッポロビール園に御招待し、食事後はハッピとユカタに着替えて、頓宮会友が会長をされている平成山鉾を曳きに行きました。
サッポロビール園では7名の日田クラブ会友がお出迎えをし、食事の後は、田嶋会友、橋本会友、森山会友の3名の方が最後までお世話をして頂き、誠にご苦労様でした。
ところで我クラブは、7月から新年度に入り、1日には会長方針の表明、8日にはガバナー補佐とのクラブ協議会、14日には2クラブ合同の公式訪問例会と、息つく間もない慌しい出発でした。これは、まさに3段跳びの、ホップ、ステップ、ジャンプの様でした。
一段落するとその次は当然、慰労の為の納涼親睦例会となります。
祇園祭りでお疲れの会友の方も、今日は、体をほぐしながらゆっくりと飲もうではありませんか。また、新会員の方は、ベテラン会員、先輩会員と遠慮せずに、親睦を深めて頂きたいと思います。サッポロビールのテーマが『乾杯をもっとおいしく』という事だそうです。冷たいビールを美味しく、愉快に、飲み干しましょう。