卓話

0年0月0日

節電のご協力のお願い   茅嶋 孝男 会友(九州電力日田営業所長)

2012年06月11日

貴重なお時間ですが、電気の需給につきましては社会的動揺が大きいということで、ちょっとお願いをさせていただきます。

 実はお手元のパンフに書いてあります様に、この夏は昨年の問題により電気が足りません。約70万KW、大きな発電所1ヶ所分が足りません。足りない時どうするかといいますと、大きな工場に強制的に落としていただく措置があるのですが、それを発動したとしてもさらに30万KW足りません。そういう中で今、国は計画停電を検討しています。その状況は私どもにはまだ知らされていませんが、場合によっては1日1~2時間どこかの地区で停電があり、それは都市部、田舎に関係なく公平に輪番制でやっていくようになります。なんとしても今回、電気を確保するためには供給設備の発電所は限られているので電気の需給を抑えるしかない。これが失敗しますと計画停電に陥るし、計画停電を実施しないと60Hzの電気が西日本、中部から停電ということになりますから節電のお願いでございます。  ホテルやお客様相手の所は操業や営業に支障がない様にバックヤードでの節電をお願いしたい。九州全部でエアコンの設定温度を1度上げていただきますと、だいたい50万KWが確保できます。それから「緊急時の節電ご協力お願いメール」に登録をお願いします。電力の需給状況が大変厳しい場合、節電メールが入ります。前週、前日、当日に入ります。また登録していただくと夏場の台風等にいたしましても、どの地区が停電で復旧が何時になるという情報も取れるようになります。是非ご協力をお願いします。

職場例会 天領日田洋酒博物館 館長 高嶋甲子郎

2012年05月16日

天領日田洋酒博物館 館長 高嶋甲子郎

本日は天領日田洋酒博物館にお忙しい中お越しくださいましてありがとうございます。日田中央RCのRACに5年間在席して活動していました。おかげさまでいろんな方達と交流が出来ました。

今日は私がなぜこの博物館を開いたか?この過程をお話ししたいと思います。

この博物館は私が中学3年生から31年間かけて一人で集めた洋酒のコレクションになります。きっかけは小学生のころからアメリカやヨーロッパに憧れがあり、亡くなった父の影響も大きなものがありました。コースターなどの小物から始まり高校時代までに自転車で市内の酒屋さんから展示品をもらったりして収集していました。大学時代に、ある有名なバーでバーテンダーをしながらコレクションの資金を集めていましたが、他に発送のアルバイトや警備などいくつも掛け持ちでやりながら、骨董市などで手に入れていました。大学卒業後、東京に3年間勤務していました。給与やボーナスを趣味につぎ込みお金がないので骨董品の転売で収集品を増やしていき、もちろん失敗もありましたが、おかげで目利きになり現在に至っております。在庫品は実家の高嶋紙器の倉庫に入れてあり、そこで博物館の品物を見せていましたが、この空間でお酒を飲みたいという方が増えてきましたので一緒に出来るものをということで、この博物館を作りました。昨年の4月29日の昭和の日に立ち上げましたが、まだ宣伝不足で皆様方のお力添えをよろしくお願い致します。ただ家族からは冷たい視線を浴びせられています。自宅は家族5人で借家に住んでいますので、家を先に建ててもらいたかったと言われました。博物館を開くにあたり日田以外でお誘いはたくさんありましたが、やはり地元で商売抜きにやりたかったので、本業をしながら夜に楽しませてもらっています。深夜3時に寝て、朝7時に起きる生活をしていますが、好きだから苦になりません。まだまだほしいものもあるので…と笑ってお話をしていただきました。

博物館のなかにはコレクションの6~7割ほどが展示してあり、展示品の95%にお酒が入っているそうです。ニッカウヰスキーの名前は前身の「大日本果汁」の「日」と「果」を取ってつけた由来や、日田工場の撤退の際に特別に譲ってもらったポットスチル(単式蒸留器)のこと、ギネスブックに載っている世界最小のボトルや禁酒法時代の酒、マリリン・モンローやエルビス・プレスリー、車や汽車などいろいろな形の入手困難なボトル、また販促用ポスターやノベルティグッズなどがあり、楽しいお話を聞かせていただきました。

私がロータリークラブに入るまで!  頓宮正敏会友

2012年05月09日

私がロータリークラブに入るまで!  頓宮 正敏会友

 

私は、平成6年に16年間勤めた、体育施設・遊具施設のメーカーでK社という所を退職し、独立しました。いわゆる脱サラです。

独立して、K社の仕事も下請で行っていました。平成12年の12月にK社が倒産し、私もK社に売掛はあったのですが、私はそんなことより、人生の転機が来たと確信しました。

人の不幸を喜んでいるわけじゃありませんが、ビックチャンスだと思いました。4ヶ月後の平成13年3月に社名を「有限会社 九州体育施設」と変更致しました。社員は、私を含む4名で毎日朝7時から夜は早くて10時頃まで休みもなく、ほとんど毎日仕事をしました。

翌年、平成14年度の決算で約1億円の売上でした。その1億円に対して、皆様が多いか少ないかどう思われるかわかりませんが、私は4人での売上額というより内容(利益率)でした。特殊な製品の販売、又特殊工事がほとんどだったので利益率は50%を超えるものでした。

ただ、問題がゼネコンの下請工事が多く、手形がほとんどで最初の1~2年は大変苦労しました。その年に今の会社、小関段ボール跡を買い、翌年平成15年に「株式会社 九州体育施設」と社名を変更致しました。そして今、社員20名の世間でいう典型的な中小企業です。会社の話はその位にしまして…

平成21年に日田祇園祭り、平成山鉾振興会の会長を受けることになりました。というより、誰も引き受ける人がいなかったというのが現実です。

各町、豆田4基、隈、竹田4基、平成山、祇園囃子保存会の各会長10名からなる、日田祇園山鉾振興会会長会という組織の中で、会議も然ることながら、食事会も多く、会長会、寿司店などで石井先生とよく会うようになりまして、2年ほどたってのことです。ある時、『頓宮君、小西君も入会するので君も一緒に入らないか?』と言われ、入会いたしました。

ところが、どういう訳か小西君の方が1ヶ月先に入会していました。人間は誰でも一人くらいは『この人には何も負けたくない』という人間がいると思います。私も例外なく、私よりも4つ年下の男がいます。そう、小西総一です。こいつだけには何も負けたくありませんでしたが、今日ロータリーでは先輩になってしまいました。

私のような者がロータリーに入っていいものかといつも思っています。

例会、又、催し事には必ず参加し、何事にも協力致しますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

又、今日も欠席の小西先輩宜しくお願い致します。

ロータリー情報委員会  中野友徳会友

2012年04月18日

ロータリー情報委員会  中野 友徳

いまさらロータリーについて、お話をすることも無いのですが、最近入会された方々に聞いて頂きたいと思います。

ロータリーのハンドブックを調べたところ、ロータリー情報委員会は積極的にロータリーの知識を提供することと書いています。

ロータリーは自分で考え、行動することが基本であって、先輩は手取り、足取り教えてはくれない。ロータリーが面白くない、魅力がないというのは自分自身が面白くない、魅力がないと言っているのと同じであると思います。

 

会員が退会する主な原因が三つあると分析してみました。

① 第1にリーダーシップの弱さ 会長はじめ理事、役員等のリーダーシップの弱さ。

② 第2に会費について 会費が高いのではなく、会費に見合う満足感、充実感がロータリーから得られない。

③ 奉仕活動について せっかくロータリーに入会し、ボランティア活動でもやろうかと思ったが、期待したほど満足感のある奉仕活動を味わえない。

 

会費の納入、例会の出席、雑誌(ロータリーの友)の講読 三大義務さえ知らない会員が多い。

ロータリーは人材の宝庫ともいわれております。いろいろな分野で活躍をされている方々と親睦を深めたり、卓話を聞くことにより有形、無形の知識が増し人生を豊かにし、そして自分の事業にも大変役立つことでしょう。ロータリーは異業種交流の最たるものであり普段得られないような情報をロータリーに入ることによって得ることが出来ます。そしていろいろな人と知り合うことが一つの大きな魅力であります。

われわれは今一度、原点に立ち戻り、それぞれのクラブの例会を見直し、魅力あるロータリークラブにしなければならないと思います。

 

向笠廣次 元国際ロータリークラブ会長について 川嶌眞人ガバナー補佐

2012年04月18日

向笠廣次 元国際ロータリークラブ会長について

 

川嶌 眞人ガバナー補佐

 

向笠廣次(むかさ ひろじ)氏

 

日本から出た二人目のRI会長(1982-83年度)。テーマは「人類はひとつ 世界中に友情の橋をかけよう(MANKIND IS ONE Build Bridges of Friendship Throughout the World)」。

 

国際的にも著名な精神科医の向笠氏は。明治44年11月9日、九州の福岡県久留米市の医師の家に生まれました。父も祖父も叔父も兄弟も2人の息子も全て医師です。向笠氏は九州帝国大学で精神科を学びながら、人類はひとつと確信するようになりました。また、すべての人々が本能的に平和を求めると信じました。

 

孫が先祖の人数を知りたがったとき、次のように答えたものでした。「20世代経過すると、100万人の先祖を持ち、30世代では、10億人、40世代を経過すると1兆人の先祖をもつことになります。要するに私たちすべて『いとこ』なのです」。

 

九州帝国大学医学部を卒業してからも、同大学の精神病教育センターで研究を続けました。後に、中津市で、精神科医院を開院しました。向笠氏は、電気ショック療法のパイオニアで、向笠氏の考案した研究設備は、ワシントンD.C.にある米精神医学協会に常時展示されています。向笠廣次氏は、1957年に中津ロータリークラブに入会すると、「人類はひとつ」という点でロータリアンが自分と同じ信念をもっていることに程なく気付きました。向笠氏は、クラブ、地区、RIにおいて熱心にいろいろな役職を務めました。根っからの国際人でしたので、特に国際レベルの役職を楽しみました。喜代子夫人とは学生結婚で、関心事は二人とも共通していました。二人は、ロータリーにおいても、旅行、読書、絵画、文学、クラッシク音楽、きのこ採りなどにおいてもボランティア奉仕においても非常に熱心でした。二人は世界各地できのこ採りに情熱を傾け、きのこを選別し、調理し、世界中のロータリアンの友情の橋をかけ続けてきました。

 

向笠氏は、1982年ダラス国際大会で、次のように述べています。

 

「人間の考えには似たところがあります。どの国の芸術であっても称賛できます。どの国のことでも、素晴らしい行為には感動します。どこかの国に悲劇が発生すれば、私たちは涙をこぼさずにいられません。こういった事実は、他の何よりも、世界のいたるところで考え方が似ていることを裏付けています」。また同じ1982年、ボカラトン国際協議会で「人類は疑いもなくひとつの家族です。さあ、みなさん、左右にいるオジサンやイトコと初対面のあいさつをしてください」と述べたのは有名。

 

1967-68年度第370地区ガバナー、1978-80年度RI理事などを歴任。

 

「日田ロータリークラブ定款・細則について」   幹事 織田 荘太郎

2012年04月04日

日田ロータリークラブ定款・細則について

織田 荘太郎

 

本日は、日田ロータリークラブ定款・細則について、新入会員の方、私を含めロータリー歴の浅い方は、知らない人も多いのではないかと思い卓話を申し出ました。

去年の6月、木下ガバナーの時に大分で定款細則セミナーが開催されました。目的は、『2010年の規定審議会において、青少年分野の奉仕活動が第5の奉仕活動として標準定款に盛り込まれた、その為に、定款を改める必要が生じた』という事でしたが、どうして良いのか、その意味が解らなかった。

ただ、話の中で1つだけ覚えている事は、ロータリーを蝕む病気がある、それは『前例のまま穏便に症候群』と言う病気だそうです、これに罹る率は非常に高く、この治療法はただ一つクラブ細則の改正にある、という話でした。

私はそれまでクラブ定款・細則というものを見たことがありませんでした。

 

セミナーから帰ると、早速事務局に日田ロータリーの定款・細則とはどんなものかを訪ねました。

そしてコピーして貰った物が大変古い資料でした。それは、細則と定款が混同していて、最後に、この定款は昭和39年3月14日から実施すると書いてありました。

昭和39年3月14日といえば、日田ロータリークラブの創立記念日です。今から48年前のもので、これはすぐ改正した方がよいのではないかと大変驚きました。

しかし、調べていくうちにもっと新しい定款、細則がある事が分かりました。

それは、日田ロータリークラブ定款・細則 2001年版の物でした。

 

最新版は2010年8月のもので、インターネットから取り出せます。

資料 【1】(標準)ロータリークラブ定款

資料 【2】 推奨ロータリークラブ細則

ここで、2001年の定款と2010年の資料【1】とがどのように変わったのかを調べました。

1ページ Eクラブというものが出来ている(インターネットのクラブ)

1 〃  第5条  五大奉仕部門 の追加

2 〃  第7条  第4節 (a)(b)に分かれる

3 〃  第9条  第1節 (7)追加

3 〃  第9条  第2節 が 以前は 第1節(c)であった

3 〃  第10条 第5節 (c)一部追加

4 〃  第12条 第2節 (a)の(3)項抹消 ・

4 〃  第12条 第4節 (a)60%――50%

4 〃  第12条 第6節 (f)が追加

5 〃  第12条 第10節 追加

5 〃  第16条 仲介を仲裁及び調停に変更し大幅追加 その他に小さい語句の変更がある。 そこで早速新しい定款を採用した方が良いと考えました。

ところで、わかりやすいロータリーの20ページには 『1922年(大正11年)国際ロータリークラブ連合会がRIに改組されたことを機会に標準ロータリークラブ定款が作られ、それ以降に設立されたクラブはその標準ロータリークラブ定款を採用することが義務付けられるようになり、それ以降は各クラブ独自の判断で決められる事項は、クラブ名と区域限界のみとなり、それ以外は標準ロータリークラブ定款の原文そのものを採用しなければならなくなった』とあります。

従って標準ロータリークラブ定款は、そのまま採用し以前のものと差し替えればよいことになります。

ここで一つだけ問題が残ります、前の定款では、所在地域が日田市 日田郡となっていて、今日田郡は無くなりました。もしこれを勝手に変えられないとなると、

ロータリー定款 第19条 第2節 第2条と第3条の改正

定款の第2条(名称)及び第3条(クラブ所在地域)は 定足数を満たした数の会員が出席した本クラブの例会においていつでも、出席している全投票会員の最低3分の2の賛成票によって、改正する事が出来る。 但し当該改正案の通告が、これを議する例会の少なくとも10日前に各委員及びガバナーに郵送されなければならない。そしてさらに、かかる改正はRI理事会に提出してその承認を求めなければならない。その承認があって初めてその改正は効力を発するものとする。云々・・・

このように、かなりややこしくなります。

又一方では国法の順守ということも言われていて、日田郡抹消の方法が今は良く解りません

 

次に古い日田ロータリークラブ細則と【2】とを比較してみると。

1ページ  第1条の追加

1 〃   第2条と第3条の位置がいれかわる

1 〃   第4条 第2節の追加

2 〃   第8条 奉仕部門の追加

2 〃   第9条 委員会 及び 第10条委員会の任務がCLPで大幅変更

3 〃   第12条 第6節 追加

3 〃   第13条 第7節 追加    以上の変更である

細則の改正については、会長、直前会長、会長エレクトを含む改正委員会を組織し細則の中身が日田ロータリーの慣習と一致しているか否かを検討し、もし不一致であるなら新たな細則を作るべきである。

細則の第16条改正に『本細則は定足数の出席する任意の例会において、出席会員の3分の2の賛成投票によって改正する事が出来る。但しかかる改正案の予告は例会の少なくとも10日前に各会員に郵送されていなければならない』  定足数とは会員総数の3分の1の数である。

大変簡単なようですが、ここにもかなり制約があります。

我々ロータリークラブが守るべき定款・細則には4種類あり、その優先順位は

1・国際ロータリー定款

2・国際ロータリー細則

3・標準ロータリークラブ定款

4・推奨ロータリークラブ細則

の順位となり、そのほかに、ロータリー章典というのもあり、500ページを超す本です。

我々が改正しようと思っている細則は最下位のランクであり、他の全ての内容を順守しなければなりません。

 

定款・細則の前に、標準とか推奨とか紛らわしいことがかいてありますが。

標準ロータリークラブ定款の標準とは何か、それは1922年以前に結成され、すでに独自の定款を持っているクラブがあり、それ以外のところを標準という。

推奨ロータリークラブ細則の推奨とは何か『本細則は単に推奨されるに過ぎない』と注意欄にあるように、細則の原型としてクラブ内で自由に改正できる為のものである。

RIロータリー定款・細則と標準ロータリー定款は3年ごとの規定審議会で審議され必要とあれば改正される。  例えば、2004年・・・旧来のまま

2007年・・・4大奉仕部門の理念・クラブ細則は全面的にCLP

2010年・・・5大奉仕になった、

このように定款・細則は改正されている。日田ロータリークラブの定款は書類を新しくすべきであり、年代をつけて定款が改正されるごとにさし替えるようにすべきである。

 

次に、細則が日田ロータリーの慣習と一致しているかを検討してみます。

細則 第3条 理事及び役員の選挙 第1節

役員を選挙すべき1か月前の例会において、その議長たる役員は会員に対して、次次年度会長、副会長、幹事、会計、および(  )名の理事を指名することを求めなければならない。その指名は、クラブの決定するところに従って指名委員会又は出席全会員の何れか一方又は双方によって行う事が出来る。

指名委員会を利用することに決定した場合、かかる委員会をクラブの定めるところに従って設置しなければならない。適法に行われた指名は各役職ごとにアルファベット順に投票用紙に記載され、年次総会において投票に付されるものとする。云々

(パスト会長会で会長ノミニーの推薦)  (他役員は会長エレクトが任命)

 

第5条 会合 第1節 年次総会

本クラブの年次総会は毎年(12月)に開催されるものとする。そして、この年次総会において次年度

の役員及び理事の選挙を行わなければならない。

(年末家族例会で紹介)

(12月第1週の例会は、クラブ協議会ではなく、年次総会として

会長ノミニーの選出  理事役員の承認  会計報告 等行うべきだと思う。)

 

幹事の勉強不足から、いろいろ手落ちに今頃気づいています。

 

セミナーでも、『何れにせよ、細則をそのまま使う事には問題がある、クラブの現況と異なる細則をそのまま採用しているクラブは、クラブが細則に違反していることになります』と言っている。

 

日田ロータリークラブ定款・細則は創立50周年までには、新しい定款・細則を提示できるようにして置くべきだと考えます。会友の皆様も、資料をご覧になって、現状に即しているかどうかを検討して頂き、次の機会にはぜひ改正を行って頂きたいと思います。

 

その他の問題点

理事の定員

会計委員の仕事が曖昧

直前会長は理事であるべきだ

会長はすべての会合の議長を務める

定款の15条

(各会員は定款・細則の印刷物を受け取ったかどうかにかかわらず、定款・細則の条項に従うものとする)

セミナーから9ケ月後の報告となりましたが、これで報告を終わります。

 

 

「ロータリークラブの思い出」   井上幸一会友

2012年03月14日

「ロータリークラブの思い出」   井上 幸一会友

2ヶ月ほど前から織田幹事よりあなたは50年もRCにおられているので何か話をしてほしいと言われていました。織田幹事は物腰が柔らかい様に見えますが、実は違い非常に芯の強いところがありまして「NO」は許さないという感じで、私もこれは大変なことになったということで帰って調べてみました。ロータリーの文章はかさばりますので、いちいち処理して資料がありませんので、ロータリーが始まった頃の逸話とか、そういったことでご勘弁願いたいと思います。

その頃ロータリーはチャーターメンバーが26人でした。ロータリーとは何か?何をするところか?というのが大半のご意向でした。メンバー表を見ますと、その当時の我々が見ても年を物凄くとった人ばかりで、おじいちゃんばかりのロータリーでした。一番驚いたのは、ある会長さんでしたが、前に出てきて挨拶をするときに頬杖をついて挨拶したことでした。ご本人は非常に打ち解けた人だと解釈していましたが、私どもはやっぱり驚きました。でもロータリーというのは気楽なものだというふうに思っていました。その当時は1業種1人だけということが重要視されて、今のように1分類5人までよいとかではなく、その業種では優れた方しか入っていませんでした。いつでしたか東京RCが帝国ホテルであるときにメイクアップをしました。隣を見たら出光計助さん(出光興産)、反対側の隣は後藤昇さん(東建)など、日本を代表する人が横にいるわけです。何か話しかけてみようと思い話をしたら、出光さんは「九州にもいろいろとネットを広げていますので、私は日田にも来たことがあります」と非常に丁寧な言葉で答えていただきました。日本を代表する企業の方があんなに丁寧な仕草をなさるということにちょっと感心しました。

それと振り返ってみたのですが、何をロータリーに報告したのだろうかというと何もない気がしています。でもひとつだけ全力を注いだというのがIM(インターシティミーティング)でした。我々の1分区は6RCがあるわけです。それでインターシティミーティングというのは、いろいろ現在の自分がやっている行事等をつぶさに報告をしていただく、それとローターアクト、インターアクトも同じで発表していただくというのがインターシティミーティングでした。司会もその会で草野会友がしていただき、その上に藤原会友がいて宇野会友が全体の会長をしていただき、石井会友のロータリーとしての立場とか、いろいろ情報をお伝えしました。全員で一生懸命やる事業はそう多くはないわけです。これだけは自分で一生懸命やりたいのだという気持ちでやりました。その時は第1と第2に分かれて、第2はRKB毎日のニュースキャスターの納富昌子さんで、私も大概いろいろな女性を見てきましたけれども、こんなに瞳の綺麗な方はかつて見たことがありませんでした。だからなんとかお近づきになりたいと思っていましたら、ずっと日にちが経ってから武内会長が納富さんなら家にちょいちょい来ていますと言われました。なぜそれを早く言ってもらわなかったのか、もう私の自分の行動が終わったころ私に打ち明けてくれた次第です。しかし美人というよりは本当に瞳の綺麗な女性でした。

それともう一つは前にも話したと思いますが、世界大会がカナダのトロントでありました。大分県の会長と奥様は出るように参加要請があり、中津の三笠ガバナーが世界の会長になるということでした。世界の会長がどれほど大変なことかと非常に好奇心もあったのですが、とにかく3万人も入る所で三笠さんが流暢な英語で挨拶をされました。この時ほど日本人として誇りに思ったことはありません。ああいう雰囲気というのは直に感じないとわからないと思いました。カナダという所は今でこそ自由に行けますが、その当時はRCの会員でないと入られないようなホテルに泊まることが出来ました。いろいろカナディアンロッキーなど回って楽しい思いをしました。

さっきの納富さんが最後に夫婦の愛情はきちっとしておかなければ子供や孫は見ていますよという言葉で話を結んだわけですが、それを忠実に私は守っています。皆さんもこれは真面目な言葉ですので是非守っていただきたいとそう思っています。

それでは10分という約束でしたのでお粗末ではございますが私から見ましたRCということでどうぞ勘弁してください。

 

〈武内会長より一言〉

井上会友、貴重なお話をありがとうございます。納富さんとはいつもメールのやり取りをしておりますので、今後ご一緒にお食事でもしたいと思っております。今日はどうもありがとうございました。

「日田市長に就任して」    日田市長  原田啓介

2012年02月22日

「日田市長に就任して」    日田市長  原田 啓介

 

皆さん、こんにちは。今日はゆっくり時間をと思っておりましたが、この後2時くらいに福岡に着いておかないといけないセミナーがございまして本当に短い時間でお伝えしたいことのみになりますが、お耳を貸していただければと思います。

私は昨年の8月に就任いたしまして約半年ちょっとになるわけでございます。今日もここに着くまで来年度(25年度)の議案提出ということで予算執行のヒアリング説明がございまして、午前中いっぱい執務をしておりました。ここに石松副市長がおられていますが、なかなか普通よりちょっと長い議会となり遅れてしまいました。

実際就任いたしまして、難しい市政運営にあたりいろいろと自分が知らなかったことも含めてやってきた次第でございます。特に今朝も新聞紙上で皆様方にご案内があったと思いますが、土地開発公社の件につきましては長年の懸案であったことでございますが、どうしても今期でやってしまわないとなかなか解決することができないのではないかということで、ここに議長さんもおられますが市長が土地開発公社の理事長としてこの問題にあたった対処するわけでございます。非常に景気が悪い中、日田市の財政も厳しい中で約130億の負債の処理をするということで将来的に市民の皆様方の中にたくさんのご不安を持つものではないかということで非常に申し訳ないという思いもしております。けれどもやるというのであれば今期でやってしまわなければという思いでこの問題解決には頑張っていこうと思っております。

先ほど来年度の予算執行に関しての説明をしておりました。この中でいろいろ事業の新しいものと削っていくものをいくつか記者クラブさんの方から質問いただきまして、特に昨年実行いたしました事業仕分けの件についての効果についてはどうかということをずいぶん聞かれました。実際結果から申し上げれば、それをやったがゆえに予算を削減したというのは8項目中2項目が完全に廃止も含めて事業を整備したということでございます。残りの6項目は即刻廃止するような話はございませんけれども、かなり改善の余地があるということで今年度公的な問題として取りかかろうということでございます。予算それから市政ということに向かっては特段大きな目新しい事業はあるということではございませんけれども、これから事業制度でございました特別交付金制度というものが変わってきます。平成27年度を皮切りに平成32年度の間に一般会計約20億円交付金というものが減るということが確実になってきます。そのためにすべての改革を進めていかなければならないという状況でございまして、これから特に3年間、もう一度きちっと行政の立場はなんだということを含めてまた機構改革を含めて全体的に見直す、本当にひとつのルネッサンスという思いで3年間しっかり市民に向けての事業改革をやっていきたいというふうなことを考えております。

今回こちらには日田の経済界の方がたくさんご列席だということで、なんとしても、特に経済的な扶養といいますかこれに手をつけななくてはならないという思いでございます。なかなかご案内の通り予算が厳しいということで公共事業等についてはこれまでのような状況にいかないということでございます。どうしても後に残っていくことになりますと民間の方がどれだけ財政的に動いていくのかと経済的な活動が活発になるのがベースだろうと考えております。

今回機構改革を起こすにあたって昨年まで農林振興部という中で流通対策室というところがございまして、そこは農産品、農産加工品をどうやって流通していくかということ中心にするような仕事でありました。それを今回、商工観光、労政というものをくっつける形の真ん中に、一応主幹は商工の方に起きますがブランド推進室という形でとにかく日田市で出来たものを外で売っていこうと、なんでも売ってこようというような目的を持った室をつくりました。

先ほどのいろんな話から皆さんは台湾に行かれたということでございましたが、実は私もブランド推進事業の一環として今、日田は梨というものを台湾に売り込むということをやっています。昨年、一度台湾の方に足を運んできました。非常に驚いたのは皆さんから見ると当たり前の状況だったかもしれませんが、初めて台湾に行ったものですから非常に驚いたのは台北空港から台北市内に入っていくまでにモノレールの建設、地下鉄の建設、銀行の建設、新幹線の建設という巨大なプロジェクトが民間で行われている。なおかつ、それをやっている事業体のほとんどが日本のスーパーゼネコンで大きな事業をやっている。でも向こうの経済改革社会部の話を聞くと、これから約5年間で30数%のGDP の増加があるというふうにはっきり目標を持って今の政治が進められてやっていると言っていました。

ちょうどお伺いした時は総統選挙があっていましてワンさんという方が選抜されましたけれども、中国大陸の付き合いの深い方を国民の中で選抜したということでございます。やはり急な右肩上がりの大きな経済成長の中で大きな需要があったということが選抜された理由であろうと思いました。ただし、もうひとりサイさんという女性の方が出られていまして、その方も国民より選抜された方で、全体的に申し上げると経済的なことを選択するとワンさん、しかし国民としてはサイさんだというようなことを多くの方がおっしゃっていました。

どちらかというと皆さん方も感じている通り台湾というのは日本に対して親密的でありますし、文化も気候もいいし日本の名前がありふれている町で非常に頼もしいなという思いをいたしております。そういうのもありまして先ほど申しました様に新しくブランド推進課を立ち上げて国内はもとより海外にも経済的に外貨をとり行くのだということをしっかりやっていきたい。これまでのような日本経済の成長はなかなか見込めないだろうという思いでおります。

3日程前に福岡で別の会がございまして、政治学者の福岡正行さんとご一緒になりいろんな話をさせていただきました。冗談半分で言ったのでしょうがこれからの日本は持てて3年、10年は持たないとはっきりおっしゃっていました。持たなかったらどうなるのかということに対する対応はどうするのか、我々個人個人が一地域や地方がしっかり持っていないとなかなか厳しいのだろうなという気がいたしております。

先刻も同じような質問になろうかと思いますが、震災の後の瓦礫の引き受け手を国内でということで話が来ております。直接、知事がTVで大分県も受け入れをやりたいというふうなことをおっしゃっておりましたけれども、個人的には放射能の安全を確立できないものはここには持ち込めないと思っております。やはり最終的には地方がきちんと食べ物ですとか、生命につながる部分だけは

しっかり守っておかないと次の立ち上げが出来ないだろうというふうな話をしているところでございます。

先ほどのブランド推進事業という中で地域の食べ物を活かしてこの地を守りながら環境を守りながら新しいステージを見つけていきたいと、そのための強みの3年間だというふうに思っています。地味ではありますけれども確実な機構改革を含めた方向性というものを広げていきたいというふうに考えております。

先ほどから申し上げております様にこの後2時ぐらいまでに福岡に着いておかなくてはいけないのではありますが、そちらにお伺いして、そこでパネルディスカッションがあります。それは熊本の天草の市長さん、青年会議所時代の先輩でもあるのですが、その方と話がありまして、やはり地域の起業というものを進めていって、もう一度経済のしっかりした足腰を作り直そうよという話がしたいし、この件につきまして京都大学の経営管理大学院というのがシンクタンクになりまして九州というものを選定した上で総務省、国交省と連携しながら新しい経済活動を進めていくようなものをやりたいということのプロジェクト作りをやいりたいということで今日、今からお伺いします。いずれにいたしましても今回この事業の中では日田市としましても九州市長会の中でその旨を伝えた上で新しいこの事業等をやりたいということを申し上げていきます。やはりどこかで九州というのは地域的に恵まれていると思いますので特に東南アジアと北東アジアに向けて歴史的な魅力的な街だと思っていますので、何とか九州の中である位置をしっかり日田市として存在のある位置付けとしてやっていきたいと思っております。

先日も九州知事会と九州市長会の中の合同委員会がございまして、九州都構想という道州制について議論をおこなってまいりました。九州知事会の会長はご存じの通り広瀬知事がやっております。九州市長会の会長は大分市長の釘宮さんがやっています。お互いの立場に立ってということでそれぞれのお話をされたわけでございますけど、どうもガバナンスが違ってどれもかみ合わないような話になって知事会と市長会の話になって間に立つ私と中津の新貝さんは立場が悪いところで話を聞いてきたわけでございますけれども、最終的にイメージとして私が持っているのは九州は日本の中で、もちろん九州としての役割を持つような広域行政としては必要かもしれないが、気概としては独立国家九州としての気持ちでこの国の中で、またアジアの中で自分たちの作っていく気概で望まないと今後の未来が描けないだろうということが実感として感じています。そのような観点に立ちまして3年間というのが先ほどの新しい起業とかを含めてもう一度しっかりとした社会のインフラというものを整備して望んでいきたいと感じております。なかなかその中でも、とは言ったものの日々の行政というものは続いておりまして、しっかりと指導はやっていますし、また議会の議長さんもいらっしゃいますのでいろいろとご指導いただきながら進めていきたい状況でございます。

簡単ではございますが、これから進めていく中で経済界の皆さん方の力、それからご理解ですとかご協力を含めてご支援いただきたいと考えております。役所に対する行財政改革というものは粛々と役場内部でも進めてはおりますけれども、もう一度立ち上がってしっかりこの町の経済再生に向けて取り組みたいと思っておりますので是非ともご協力をよろしくお願い申し上げて簡単ではございますが、これで終わらせていただきます。

 

(武内会長より一言。先ほどお伺いしたところ当選より休みが1日しか無く朝から晩まで飛び回っているそうです。若いけれども健康に留意されて頑張ってください。どうも今日はありがとうございました。)

 

 

 

日田ロータリークラブのホームページ紹介  中西 浩会友

2012年02月15日

日田RCのHPをリニューアルすることが出来ましたので、ご案内をさせていただきます。

今回リニューアルにあたり、日田ロータリークラブの新しいドメインを取得しました。

アドレスはhttps://magenta-technetium6113.znlc.jpです。つい先日まではヤフーやグーグルで検索しても、1ページ目の下の方にしか出てこなかったのですが、上の方に出てくるようになりました。そして、昨日までは「日田ロータリークラブ」で検索すると1位が日田中央RCと出ていましたが、今日は見事に日田RCがトップに躍り出ました。ヤフーでもグーグルでも1番に出てくるのが日田RCのHPとなっています。これは作っているシステム自体が検索エンジンに凄くなじみが良いシステムであることと、とてもヒット数の多い風早さんのHPにもリンクしているからかもしれません。皆さんの会社のHPでもリンクをしていただくと少しでも検索結果が上位になると思いますのでよろしくお願いします。

 

では、検索していただきクリックしていくと日田RCのトップの画面が出ます。今年度、私は新世代奉仕委員長をさせていただいていますが、特にジュニアボウリング大会の子ども達の写真が印象的だったのでトップページに大きく使いました。この画像は違うものにも変更可能です。大きい画像の下にあるのがメインメニューバーです。「活動報告」とか「ロータリークラブとは」とか、いろんな項目に飛ぶようになっています。この画面の下の方にいきますと「例会」と書いてありますが、メイクアップに来られようとする方がここをクリックすると普段の例会場である亀山亭ホテルさんの場所とか時間が見られるようになっています。また、その下の「活動予定」をクリックしていただくと、今後のスケジュール、現在は2月の例会予定や例会で何があるのかが分かるようになっています。メイクアップされる方も見やすいのではないかと思います。トップページに戻りまして武内会長の素晴らしいお顔が見えていますが、「会長方針」ということで所信を入れています。当然、年度が替わればここも変わってくるということになります。

 

このHPはデーターベースを使ったタイプなっていまして、広報委員長の石松さんと打ち合わせをしてどういうふうにするかということを考えて、ここでデーターを見て、その上でデーターを積み上げていこうという話でこのタイプを導入しました。今年度以降、会長の方針などは蓄積されデーターが残っていきます。蓄積されるデーターは、会長の時間、卓話、各委員会の方針、活動予定や報告などです。「活動報告」では、週報に掲載した資料の他に写真の掲載も出来ます。写真は大きくも小さくもできますし、こういった形でいろいろと載せていけます。後からでも活動が振り返って見られるシステムです。また、更新が簡単にできるという特徴もあります。普通はHPを立ち上げると、詳しい人か作った業者さんだけしか更新することが難しいと思いますが、ブログ感覚で出来るシステムになっています。表から見るとこういったHPですがその中身に実は秘密の入り口があって表面からは見られませんが、その入り口でパスワードを入れますとHPを更新する画面に入ることが出来ます。その更新画面は、さっき見ていたのとは全く違う画面ですが、こういったふうにこの中で更新が出来るようになっています。一覧で見られるようになっていますので編集がしやすくなっています。公開後に文章等の間違いがあっても直せるようになっています。

 

最後に写真で見る日田RCの歴史というボタンがありまして、ここをクリックしていただくと10周年から40周年までの記念誌の一部が見られるようになっています。今回、私はHPの作成をさせていただき、ロータリーの話や日田クラブの歴史など、私自身凄く勉強になりました。また、記念誌を見ていて今年の武内会長の「温故創新」という言葉がわかった気がします。クラブの歴史を見て、また新たに計画していくこともひとつの事業かなと感じました。またご意見などありましたら取り入れていくことにしていきたいと思います。本当にありがとうございました。

 

(武内会長より一言。ロータリーの良さはいろんな会員がいるということで今回HPの作成に当たり、年間更新料を含めてたぶん通常料金の1/4から1/5の格安でやってもらっています。中西会友ありがとうございました。最後にお願いでありますが、RCのHPにせっかくの観光地日田ですから日田の4大祭り、ひな祭りや千年あかりなどの写真も載せられたら最高だと思います。今日はどうもありがとうございました。)

 

大分県内の最近の経済状況    福田吉和会友

2012年02月08日

大分銀行豆田支店の福田です。日田ロータリークラブには昨年の9月に入会させていただき、約半年経つところで、まだまだ何もわかりませんが今後ともよろしくお願いいたします。

最初に少しだけ自分のことをお話したいと思います。

生まれは昭和35年12月で現在51才です。出身は別府市で、銀行に就職する22才まで別府で過ごしました。別府といえばご存知の通り温泉地として有名ですが、ここ日田にも温泉がたくさんありますので、こちらにいる間にいろいろと行ってみようと思っております。勤務としては、銀行に入り30年経過し、現在の豆田支店がちょうど10ヶ店目の勤務地です。豆田支店は昭和17年7月に当時の日田共立銀行を当行(当時は大分合同銀行と言っていましたが)が合併した際引き継いだもので、それ以降現在まで約70年の歴史があり、私が豆田支店の27代目の支店長をつとめさせていただいております。

さて、現在の大分県内の経済情勢について少しお話ししたいと思います。

昨年の大分県の経済を振り返りますと、何といっても3月11日に発生した東日本大震災が県内にも大きな影響を及ぼしました。震災の影響により、製造業においてはサプライチェーンの寸断、小売業においては消費自粛、サービス業においては観光客の減少といった影響が県内経済にも大きく、6月までの前半までの大分県内の経済状況は停滞感がありました。具体的には、震災直後から自動車関連産業などは生産活動が低下し、建設資材・材料の高騰および個人消費自粛、また外国人を含め観光客の減少などといったさまざまな影響がみられ、県内経済も混乱している状況でした。しかし、時間が経つにつれ徐々に震災の影響も薄れ、材料等の供給面が回復するとともに生産活動は上向き、個人消費も緩やかな持ち直しの動きが見られてきましたが、その矢先、昨年の夏場以降、今度は別の要因である海外景気の減速や歴史的な円高、電力不足問題もあり、景気回復局面を下振れさせるリスクが高まってきたことに加えまして、タイの洪水の影響が製造業など一部の業種でみられる等、震災後の復旧を急ぐ日本国内の景気を再度足踏みさせる要因が起こり、足元の県内経済は持ち直しの動きが弱まり足踏みの状況となった1年となりました。

資料は、九州財務局の大分財務事務所が平成24年1月末に公表した昨年10月から12月の経済情勢報告で、この報告は3ヶ月毎に公表されており、最近の経済情勢の報告の中では一番新しいものです。10月から12月までの直近3ヶ月の総体的な状況として「大分県内経済は、厳しい状況にある中、緩やかな持ち直しの動きがみられるものの、このところ一部に弱い動きがみられる。先行きについては、各種の政策効果などを背景に、緩やかな持ち直し傾向が続くことが期待される。ただし、海外景気の下振れや為替レートの変動等によっては、景気が下振れするリスクも存在しており、雇用情勢などと併せて留意する必要がある。」と景気を下振れさせる要因が存在し、まだ回復局面ではないとしています。総括判断としては、前回の期間である7月から9月の「やや緩やかな持ち直しの動きが見られる。」から「厳しい状況にあるなか、緩やかな持ち直しの動きがみられるものの、このところ一部に弱い動きがみられる。」とやや下回るものとなっており、先ほど申しましたとおりヨーロッパを中心とした海外景気の減速や歴史的な円高が景気の回復を足止めしている状況にあると言えると思います。

では、近県の経済状況はどうかといいますと、福岡県は大分県よりも若干良い「厳しい状況にある中、持ち直しの動きが緩やかになっている。」としており、九州新幹線の全線開通、ソフトバンクホークスの優勝セールにより個人消費が好調だったことから、大分県よりの少し良い判断となっています。

次に、個別の項目について見て行きたいと思います。

まず、個人消費ですが、「一部に弱い動きがみられるものの、緩やかに持ち直している。」と7月から9月の状況を維持しています。大型小売店の販売額は、気温が高い日が多く、秋冬物衣料や鍋物商材の食料品があまり売れなかったなど、前年を下回りましたが、一方、LED電球やコタツなど節電に対応したエコ商品の買換えが好調であったこと、新車の販売台数は新型車の投入効果により、前年を上回り、更にレジャー、観光施設の入場者数は前年を上回っていることから、前回と同様の判断となっています。

生産活動につきましては、前回より悪化しています。その内容としましては、海外景気の減速の影響により、電子部品、IC関係の生産が低調で全体的に弱い動きとなっています。雇用情勢につきましては、前回同様緩やかな持ち直しの状況となっています。新規求人数は低調ながら、医療・福祉、なかでも福祉関係の企業を中心に前年を上回っている状況です。

設備投資につきましては、企業の設備投資を調査したところ、全産業において前年度を下回る回答となっており、経営者の方々の設備投資意欲が冷え込んでいる結果となっております。

企業収益は、企業の経常利益を調査したところ、自動車関連業種で増益見込、生産用機械や情報通信機器関連業種では逆に減益見込となっています。

次に企業の景況感につきましては、企業の景気予想判断は相変わらず下降予想となっていますが、製造業においては一部上昇とする企業もあり、全産業においては下降超幅が縮小しているとなっています。

住宅建設件数は10月以降は持家、貸家とも前年比減少している状況です。

次に公共事業は前回に引続き前年を下回る実績となっています。年度当初は東九州道トンネル新設工事や大山ダム工事といった大型工事もみられましたが、震災による国の執行留保などの影響もあり、減少傾向で推移、現状も公共工事の抑制傾向に変化なく、前年を下回るものとなっています。

企業倒産は、緊急保証制度や中小企業円滑化法といった政府の中小企業支援策の効果から小康状態にありましたが、次第に支援策の効果が薄れてきており増加基調で推移すると見込まれています。

以上の通り、経営者の皆さまが一番良く感じられていると思いますが、総体的に現在の大分県内の経済情勢は足踏みが続いている状況です。

続きまして、今年1月以降の大分県内の経済動向の予想はどうかと言いますと、今のところ若干上向きとなる予想となっています。個人消費は力強さに欠けるものの、省エネ・節電意識の高まりから関連商品の販売が引き続き売れており、自動車販売はエコカー補助金の復活が予定されていることから販売増加が予想されるなど、伸びは低いものの底堅く堅調に推移するものと見られています。一方、公共投資は大分県の来年度の公共事業費が前年度対比マイナスとなるなど、厳しい財政状況を背景に引き続き抑えられる傾向にあるものと見られています。

先ほど今年の経済動向は若干上向きの予想と申しましたが、回復の足取りは重く、足踏みを繰り返しながら、少しづつ上向いていくといった展開が予想されるところです。 以上

 

世界理解月間 橋本信一郎会友

2012年02月01日

国際奉仕委員会 委員長 橋本 信一郎

今月は国際奉仕月間でございますのでロータリーの世界最大のプロジェクトであります「ポリオプラス」のVTRを見ていただきたいと思います。このVTRは草野会友が手に入れていただいたものであります。このポリオプラスの運動は1979年国際ロータリーとフィリピン政府が共同でフィリピンにて始めた活動であり、1985年に国際ロータリーが公共保健推進計画の民間部門支援として世界初、しかも最大規模となる「ポリオプラス」を開始し、身体障害の原因となるこの病を世界から撲滅する活動でボランティアの最大の担い手として20年以上に渡りロータリーは民間部門のリーダー的役割を果たしてきました。その運動が一部きっかけとなり、現在では国際ロータリー、世界保健機構(WHO)、ユニセフ、米国疾病予防センター(CDC)が主導的になって、今や1994年に西半球、2000年に西太平洋地域、2002年ヨーロッパ地域がポリオ無発生地帯と宣言されています。あと残り1%まで来ています。その実践活動をVTRで見ていきたいと思います。

ポリオ撲滅に向けてのポリオプラス活動のVTR鑑賞

代ゼミサテライン予備校集英館トップゼミ 館長Executive 湯浅 総様

2012年01月25日

代ゼミサテライン予備校集英館トップゼミ 館長Executive 湯浅 総様

 

 

日々厳しさをます経済格差が、子供の教育格差にまでつながっていることをご存知でしょうか。平成21年文部科学省の指導において行われた全国学力テストの調査結果によると、親の年収が1,000万円以上の家庭の子供の全国「平均点」は67点、年収200万円以下の子供の家庭は42点となっています。親の年収で25点もの差がついています。子供の点数は〈事実として〉親の年収に正比例しています(算数B、他全科目同じ傾向)。また学習塾などに通っている家庭と通っていない家庭では大きな差がつき、学習塾に月額5,000円「投資」すると、子供の成績は10点アップするというデータが文部科学省より出ています。

大卒男子の平均年収は517万、高卒男子の平均年収は350万(厚労省調べ)であり、この学歴差は年金まで含めて一生続きますが、この差は子供の努力や能力の差ではなく、親の経済力で決まってしまう側面が大きいことが、今回の調査でわかりました。国はこの問題に対し早急に手を打たねばいけません。

さて私たちの住む日田市ですが、全国民間企業の平均年収が402万円なのに対して、日田市内の民間企業の平均年収は306万円です。この100万円の差が教育費の差になり、学習塾への投資が真っ先に削られている状況です。当然この差は将来にわたりまたその子供の年収の差になり、孫の世代、ひ孫の世代まで拡大しながら、世代を超えて循環していく根の深い問題になっています。

この問題に対処するために、日田市で最も古い学習塾として3つの提案があります。一つは親の理解を深めることです。全国で120万人いる1学年の人口に対して、国公立大学の定員は12万人(10人に1人)しかありません。それを理解し0歳のときから、子供の18歳の受験を考えた子育てを町全体で実践していくことです。もう一つは国公立大学を、学部のみでもかまいませんので誘致し、子供の生活費の負担がなくとも国公立大学に通えるようにすることです。身近に大学生がいれば子供達の目線もまた変わってきます。もう一つはせっかく咸宜園があった町ですので、私塾に対する理解を深めていただいて、時間当たりにすると都会に塾の半額以下で行っている私どもの努力を認めていただきたいということです。医療や福祉と同じように、経済格差のある地方都市だからこそ、教育投資に対する補助を充実させることが必要だと思います。

医療費や介護費は社会保障費として、国から7割や9割の負担が出ます。当塾の中3受験生の月謝は16,000円になっていますが、もし1,600円で通うことができるようになれば、市内ほとんどの生徒に通っていただくことができます。このような極端な例ではないにしても、病気を患った人や老人に対する社会保障も当然大事ですが、これからの日本の未来を背負っていく大切な子供達に対して、国全体で教育費がかからない形を作っていくことが必要ではないでしょうか。まず私塾の歴史を持つ日田市だからこそ、日本全体に対してできる提案があるのではないかと私は考えます。

篆刻について 笹倉 順(凌石)会友

2012年01月18日

篆刻について                 笹倉 順(凌石)会友

 

篆刻とは一般的に印鑑とかハンコなどと混同されがちですが、書道の中の一分野であり芸術性を特に重んじるものです。印の歴史は古いのですが、文人達が自書自刻を望み石印材を発見し、芸術として発展したのは明代後半からの事であり比較的新しいものです。当時は書画に使用するものであり、大きくても一寸程度までで、この為、篆刻の事を方寸の世界とも呼びます。書の世界は、モノクロの中に空間をいかに生かすかを探り落款を書き込み、最後のしめに朱の印を押して完成と成ります。小なりと言え非常に重要な役割を負うものです。

 

使用する文字は一番古い文字である篆書を用い、姓名、雅号の外詞句等も刻り、常に書画のお伴をします。故に書画に於ける華麗なる従者とも言えます。印の学問を金石額とも称し、文字の起源を探り、文人達のたしなみとして重要なものです。

 

印、金石額、篆刻を少しでも御理解いただき、今少し芸術に目を向けていただければ幸甚に思います。淡窓、五岳外、多数の文人達を輩出した日田に現代の文人が多く生まれる事を願ってやみません。

 

 

半期を振り返り 会長卓話

2011年12月28日

日田ロータリークラブ会長 武内眞司

 

 

私の年度は、伝統に立脚した上で新しい事業にも挑戦しようという想いを込め、「温故創新」を年度テーマに掲げスタートいたしました。

先ずはクラブを活性化するために必要なことは新入会員の増加だと考え、会員増強を積極的に行ったところ、会員増強維持委員会を始め、会友各位のご協力で半期で6名という、良い意味で想定外の多くの会員を迎えることができました。

加えてこの6名の新入会員の方達は、将来の日田ロータリークラブを背負って立つ人材であるのは勿論のこと、それ以上に日田市の将来をまかせることの出来る優秀な若い方ばかりだと私は確信しています。どうぞ存分に今後その力を発揮されますようお願いいたします。

 

原点に返ろうということで、会長、幹事、SAA、スマイル委員長のタスキを先ずは製作いたしました、さらにバナーも新品に作り替え、新入会員全員を会場設営係りに任命して、例会時には必ずバナーを卓上に置くようにいたしました。

 

今日はさらにこの機会を利用して、お願いしたいことがあります。

他のロータリークラブに伺った際感心したのは、会員全員が胸に名札を必ず付けて出席していることです。日田クラブもロータリーの伝統に返り、そうありたいと願っております。ご協力のほどお願い申し上げます。

 

さて、委員会事業ですが、「新世代奉仕大委員会」内に新しく立ち上げた「青少年スポーツ支援育成委員会」は年度当初の8月に、さっそく<日田ロータリークラブ会長杯ボーリング大会>を立案し実行いたしました。60名の参加予定でしたが約80名という多くの子供達の参加を得て成功裡に終わることができました。また「ブライダル推進委員会」は後期に向け新しい事業の計画があるようです。

 

「奉仕プロジェクト大委員会」は恒例のチャリティバザーを開催したのを始め、「大震災復興支援委員会」は震災後現地でいち早くボランティア活動をした川津建設の立花部長の活動報告、並びに日田市の原田総務企画部長を招いての「日田市の防災計画」の講演を実現いたしました。

 

「広報委員会」が作成中のクラブHPを先日拝見したところ、日本一の内容を備えたHPになりそうで、ワクワクして完成を待っているところです。

 

他にも親睦活動委員会の方々は納涼例会、観月会、年末家族会等会員家族をお招きした多くの親睦活動に注力されました。

 

 

 

各委員会のみなさまには心より感謝申し上げます。

 

この半期、残念なことに会員のご家族の不幸が続き、さらにご葬儀と例会の時間が重なるという、ロータリー歴20年の私でも経験の無い事態が発生しいささか混乱いたしました。

その都度適切なアドバイスをいただきました、パスト会長のみなさまにこの場をお借りしてお礼申し上げます。

 

混迷の平成23年もすぐ終わります、来年は辰年、昇竜の言葉がある通り、日本復活のスタートの年になるように願い、半期の総括といたします。

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