0年0月0日
「雑誌月間にちなんで」平野会友
2013年04月03日

今月は雑誌月間です。雑誌といえば毎月発行される「ロータリーの友」が中心だと思われます。しかし、読む方が少ないのが現状ではないかと思われます。
「ロータリーの友」には毎月ロータリーの誕生、日本のロータリー。ロータリーの綱領、四つのテストが記載されています。よく調べてみましたら、私は2007年、2008年と2年連続名前だけですが雑誌委員長になっていました。その時の活動計画書を読んでみます。
さて、雑誌のことはそれ位しか話題がありませんので、会長、幹事の認証を頂き、過去に私が全国各地でメイキャップした時のよそのクラブの模様をお話したいと思います。つい最近は3月14日大相撲春場所観戦の際のついでに「大阪中央ロータリークラブ」に行って来ました。今からバナーを回します。このクラブの会長は古谷裕子さんという女性会長で、女性会長のクラブに出席したのは初めてです。バナー交換を致しました。とても活発な行動力のある方のように思われました。昨年、親睦旅行で日田に一泊されたそうです。ホテルの名前は覚えていないそうですが、後でわかりました。最初に受付で「ミリオンランチ」という言葉を初めて聞きました。いわゆる「百万ドル」です。又、ビジターには記念写真をとり、次回の週報に載せるそうです。ある東京のクラブで同じ事があり、その時わざわざ週報を私の家まで送ってくれました。
さて、メイキャップでの経験感想を少しばかりお話させて頂きます。・時間厳守(12時半に扉が閉められる)大分のあるクラブ・最近一ヶ月の全員の出席状況を表にして全員に配る(飯塚クラブ)・時間が余った場合は親睦の時間を持ち、1時半まで終わらない(嬉野クラブ)・自分のクラブのロータリーソングを持っている。(本来のロータリーソングと2曲歌う、あるいは童謡を歌う所あり)・ロータリーソングの後に四つのテストを唱和する。・ソングの後お互い握手する。・特に都会地に行くと、エレクトーンが設置され、プロのプレイヤーがロータリーソングは勿論食事が終わるまで演奏を続ける。・又、ソングリーダーがタクトを持って指揮をとる。
去る3月13日「創立記念にちなんで」というタイトルで宇野会友より大変為になるお話を聞かせていただきましたが、創立当初の出席服装の厳しかったお話がございました。特に都会地のクラブに行きますと、全員暑かろうと寒かろうときちっと背広を着用しています。(僧侶は衣の場合もある)どこのクラブも1人2人僧侶の会員がいます。鳥栖クラブは僧侶が3人いました。
次に例会の模様をお話させて頂きます。・ほとんどの会場が丸テーブルで、テーブル8人位、委員会毎に分かれ1年間同じ席。・各テーブルにテーブルマスターが決められ指揮を取る。ビジターがいれば名前を記入し自己紹介をする。勿論例会が始まれば会長よりビジター、ゲストの紹介あり。・誕生祝は該当者がプレゼントを受け取った後、前に並びハッピーバースディソングで祝福をする。・週報はほとんどのクラブが地区の例会日、並びに内容を記載している。・卓話の時間は卓話者を中心とした写真を次回の週報に記載している。・又、クラブによってはビジターの挨拶の時間を設ける所もある。


「創立記念にちなんで」宇野会友
2013年03月13日

<卓 話> 創立記念にちなんで 宇野 龍頼 会友
私は創立後5年、伊藤隆会長の時に入会致しました。従ってチャターナイトの模様は良く存じませんが、その前後の事を記憶をたどりながらお話しいたします。 創立は昭和39年、1964年3月14日にチャターナイトを行いスタートしました。当時、日田には世界社会奉仕団体として日田ライオンズクラブが5年くらい前に設立されております。例の派手な帽子をかぶり、オープンカーで市内行進をされていたことが思い出されます。ライオンズクラブには当時日田の経済界の大御所が名を連ねておりますが、まだまだ優秀な方々が大勢おりますし、青年会議所を卒業された若い壮々たるメンバーがたくさん残っておられました。
当時中津には中津ロータリークラブが既に発足をしており日田より10年程前の創立です。10周年行事の一環として日田にロータリークラブを設立する事をターゲットに向笠先生を特別代表として日田の膳所先生を窓口に何回となく話しに来られたようです。 その頃日田中津街道は未舗装でしかも夏場の暑い盛りで車にはクーラーも無く窓を開けての走行は砂煙との戦いで大変苦労されたようでした。私も何回となく会員に誘われましたが青年会議所在籍中なのでお断りした次第でした。
その内20数名の同志が出来ましたのでいよいよ3月14日にチャターナイトを開催してスタート致しました。井上幸一さんは未だ若々しい30代のチャターメンバーです。中津の向笠先生の努力により日田ロータリークラブが発足致しました。向笠先生はその後1982-83年のRI会長に就任されました。その年度の日田RC会長が井上幸一さんで、あれから19年後です。井上さんご夫妻はこぞって世界大会にご出席されました。
次に私が入会してから苦労したのが出席の問題ではないかと思います。4代目会長に石川弥市さんがなられ出席100%にこぎ付けました。私が入会した伊藤隆さんの時にも100%継続中で、出席を一番やかましく言われました。頭の中は金曜日の出席で何度も寝てもさめても離れることはありませんでした。
欠席すれば何処どこに例会場があるからメーキャップをしなさいと、当時近隣のクラブは中津と甘木の2クラブだけで甘木には何回となく行きました。メーキャップの期間は前後1週間のみ有効でその間をはずせば無効となります。その内浮羽ロータリークラブが出来、日田中央クラブが出来て大分楽になりました。日田クラブが100%を切ったのは後藤豊次さんのお父さんが亡くなられた時に100%を切りました。出欠のグラフは私が出席奨励委員長のときにこしらえました。 次に常に言い聞かされたのがロータリーの精神です。ロータリーの綱領及び四つのテストです。活動計画書の表紙の裏面の1番に記載されております。綱領を読むのは省きますが四つのテストのみ読んでみます。
次に服装の件です。例会の際は必ずスーツを着用し、ロータリーのバッチを付けなければならない。バッチの無い者はペナルティを取られておりました。 最後に44年間ロータリーに出席して色々な事を勉強し体験をして来ましたが、その中でガバナー訪問の際に記念写真を撮りますが写真を見てたくさんの会員の歴史がその笑顔に一人一人刻まれており楽しく見ております。また、職業分類による会員の増強の変化です。会員の加入退会によりその時の日田の経済の流れが変わっているなと、これを興味深く見ております。
ゲスト卓話 「東日本大震災に被災して」金田孝俊氏 (福島県南相馬市出身)
2013年03月06日
被災され福島から日田市に避難されている金田様より卓話をいただきました。
初めに、生活品などを市より援助していただきありがとうございました。
私がこの日田の地に来たのは、岩手県と秋田県の境にある温泉地でご当地の前津江の方と知り合い、そのご縁で震災後にこちらに避難することになりました。
当日、自宅のある相馬市より一旦栃木へ移動し、その後車で前津江まで向かいました。しばらくは友人の厚意で前津江で生活していたのですが、その後日田市内の市営住宅へ移りました。しかし、来月4月5日には福島へ帰る予定です。

Q&A
Q:福島では何が一番必要ですか?
A:住居の整備が必要です。
Q:原子力発電所とご自宅の位置は?
A:30km内は保護対象区域なのですが、自宅はこれより700m外側です。
Q:数値は下がっていますか?
A:ある程度下がったようです。
Q:相馬へのルートは?
A:山陽道〜日本橋の三陸自動車道〜常磐高速道などのアクセスが考えられます。

ゲスト卓話 「日田やきそば研究会」の愛Bリーグ での活動について 社団法人日田市観光協会 事務局次長 木下周さん
2013年02月13日
日田やきそば研究会の愛Bリーグでの活動、町おこしの取り組みをお話しいただきました。

以下、概要。
①ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会(通称:愛Bリーグ)とは、各地に眠っている地域資源のブランド化による地域活性化を目指す団体です。
現在は、身近にある「食」にスポットを当て、B-1グランプリを開催している。
全65団体 九州10団体 大分県3団体
②B−1グランプリとは
年に1回の「まちおこし団体」のお披露目の場であり、このイベントを通して出展団体の地域を知ったり、気に入ってもらい現地に行ってもらう事を目指している。
決してグルメイベントではない。売り込むのはその地域。
「グルメイベント」ではない。→「まちおこしイベント」
昨年の北九州大会では61万人の来場者を記録
料理提供だけではなく、並んでいる人に対してパフォーマンスをしている。
開催の2日間、お客さんを呼ぶためのイベントではなく、残りの363日のまちおこし活動が重要
売るのは「料理」ではない。→「まち」を売る
日本一のグルメを決定し、表彰するイベントではない。
→表彰を受けるのはグルメではなく「団体」
「店舗が出店し味を競う」のではない
→「まちおこし団体が出展し地域の魅力を披露」

③日田やきそばにソウル!を込めて届け隊とは
「日田やきそば」というご当地グルメを通して、日田の魅力を内外の方々と共有する事を目的』とした団体。
「日田やきそば研究会」内の市民有志の会として8月9日(日田やきそばの日に制定)に発足。
B−1グランプリやPRイベントへの出展。地元開催のイベント
2月28日・3月1日は「高校卒業記念 日田やきそば無料進呈」を実施予定。
④「Japan Food Culture festival in Thai2013」へ出展
・クールジャパンキャンペーン「新たな日本文化の発信」
・タイ国における地域格差解消のための「一村一品」
日本をPRする地域の一角として名のりを上げる事
自分たちでも「できる」という経験を積み上げる事
タイ(バンコク)の事情を把握し地元へ伝える事
(成果と経験)
出展団体10団体の内九州で唯一
地元メディア取材多数
11月に事前視察、什器・材料を95%現地調達
事前にタイ有識者を招いての「タイ勉強会」の実施(12月23日)
延べ9名がスタッフとして参加。料理提供のみならず地元を伝えるパフォーマンスと参加者の経験
ほぼ現地調達のため、食材廃棄リスク最小限に提供できた
費用としては、原価よりも「移動コスト」がネック

ゲスト卓話 「日本と台湾文化の違い」黃盈錕(コウエイコン)さん
2013年02月06日
台湾 台北出身の黃さんに、日本との交通事情、食文化の違い、歴史などを卓話していただきました。




「イタリア紀行」永田会友
2013年01月23日
今回はアテンド(案内人)なしの一人旅でした。目的は2013年秋冬のコレクションの商談です。パリ→フィレンツェ→ミラノ→ローマと廻りました。
この旅行で私が大変厳しいと思った事をお話ししたいと思います。
片言の英語であれば、パリ、ミラノなど一部ではOKでしたがフィレンツェなど多くの地域では通じず、食事やチケットの購入などかなり時間がかかりました。
言葉が通じないと後回しにされてしまうからです。トイレの確保にも苦労しました。一般的には町でトイレを借りるときはバール(お店)でエスプレッソを注文し、それを飲んでトイレを借りることになります。
※豆知識 同じエスプレッソでも飲む場所で料金が違います。カウンターで1ユーロ、テーブルで3ユーロ、テラスで5ユーロ、など
侘び・寂びについて、日本人とイタリア人の見解の違い。この言葉はイタリア人も良く知っているがその意味を「淑やか」ととらえている。これはイコール弱いとも思われている。
イタリアではインフレが激しい。しかしイタリア人はこれを景気のせいにし、脱却のための努力をしない。
今回の経験を通して考え方やシステムの違いについていろいろと学ぶことが出来ました。そして、大胆な一面も身についたと思います。
ロータリー情報委員長 武内眞司
2013年01月16日
ロータリー情報委員会
ロータリー情報委員長 武内眞司
平成25年1月16日(水)
先週ご案内した通りに昨日、日田中央ロータリークラブに新入会員を伴いメイキャップに行ってまいりました。5~6名かなと思っていたところ私を含めて総勢10名でメイキャップをすることになり、中央の会員はみな驚いておりました。中央クラブの横尾会長からは、出席率を上げるために今後メイキャップを通じて、さらに交流を深めたいとの言葉をいただきました。ロータリーの大事な基本は、会費を納めることと例会への出席です。最近70%台に落ちている日田クラブの出席率向上のために、メイキャップの有効活用をさらに図りたいと思います。また会費の納付同様に会の運営に貢献するのがスマイルです、積極的なスマイル発表をさらにお願いいたします。
さて、今月はロータリー情報月間ということで久しぶりの卓話になります。時間の制約がある中、ロータリー情報として、会員が知るべきこと、また学ぶべき事柄が多く何を話せば良いか迷いました。ベテランの会員と新入会員が必要とする情報にはかなり違いがあるようにも思いますので、新入会員が学ぶべき基礎知識等は、後日開催予定の新人会員研修会で勉強してもらおうと考え、今日はロータリークラブの原点について、私なりに考察したことを述べたいと思います。
ご案内の通りに、国際ロータリークラブは、1905年(明治38年)にアメリカのシカゴで誕生いたしました。時代背景を言えば、日本にとっても明治38年は重要な年でありまして、当時は日露戦争の真っ最中にあたり、1月に水師営で乃木大将とステッセルが交渉したのち旅順入場があり、5月には東郷元帥が日本海海戦で大勝利を収めた年でもあります。
日露講和交渉を仲介したのはルーズベルト・アメリカ大統領ですが、悪名高きギャングのアル・カポネがシカゴで誕生したのが1899年ですので、当時のアメリカの地方都市の状況は、想像するにかたくはありません。
ロータリークラブはそんな荒んだ町シカゴで世界初の奉仕団体として誕生しております。創立者のポールPハリスは弁護士でありますが、地域を平和な町にするためには、市民が安心して暮らせる町にするにはどうしたら良いかと考え、個人の友情に基づく奉仕の精神こそが町を変え、国を変えると考えたようです。
国際ロータリーが発足以来100年以上経る中で、二度の次世界大戦を含め幾度となくロータリー会員は戦争を経験してきました、しかしながら戦争中のロータリークラブ活動の停滞や中止等を会員の叡智で乗り越え、現在200を超える国や地域に33000以上のロータリークラブがあり、会員は120万人を超えております。ロータリークラブは世界的な専門職業人のリーダーが集まる国際的組織です。
新入会員の方に、あえて高邁なことを言えば、日田クラブの会員は日田ロータリークラブを通じて、ポリオの撲滅や識字率向上を応援し、結果として世界平和に貢献していると言っても過言ではありません。
品格ある日田クラブに入会したことを誇りにし、一人一人が社会に奉仕するI serveの精神でより良い社会貢献をして頂ければ幸いです。
最後に、お手元におくばりした「ロータリーの行動規範」がロータリーアンとしてのあるべき姿を示しております。特に大事なのが7番と8番だと私は思います。日田クラブの会員は規範を実行し、さらに日田ロータリークラブの品格を高めましょう!
「上半期を終えて」 橋本信一郎会長
2012年12月26日
「上半期を終えて」
橋本信一郎
今期は「一眼を足下に、一眼を海外に」という会長方針でスタートいたしました。
まず、足下ということで申しますと、上半期に3名の会員が新しく入会していただき総勢54名のクラブになりました。
若い新進気鋭の湯浅会友と、当クラブ初の女性会員である原会友、大学で長年、研究と教育をされてこられた北川会友です。それぞれ個性のある会友の入会により、ますます活性化して楽しいクラブになること期待します。
今期の目標は5名ですから、あと2名、有為で楽しい会員が入会していただけますよう、皆様方には宜しくご紹介方をお願いします。
また、趣味同好委員会にゴルフ同好会を新しく創設し、毎月1回の開催を基本に懇親を深めております。今後は、クラブ内だけではなく、ゴルフを通じて近隣クラブとの交流を深めることにも活用したいと思います。来年4月には、第2分区のゴルフ大会が予定されておりますので、多数、参加されることを期待します。
10月24日のチャリティバザーにも、過去最高の資金が集まったそうです。皆様とご婦人方のご協力に感謝します。
10月3日の、岡村ガバナー公式訪問も日田クラブをホストとして開催されましたが、後の懇親会も含めて、若い会員の活躍で活気があり、ガバナーご夫妻も気持ちよく過ごされたのではないかと推測します。親睦委員会には年末例会も盛り上げていただいたことを感謝します。
それから、この上半期、第2720地区のセミナーが多く開催されましたが、各委員長と委員さん方が積極的に参加していただきました。
9月2日の米山記念セミナー、9月9日と10月27日の財団セミナー、7月28日のインターアクト年次大会等々です。やはり、セミナーに参加すればロータリーが良く理解できますし、他クラブとの交流もできますので、下期も特に新入会員の方たちにが、多くご出席して下さいますようお願いします。
また、期初早々に50周年実行委員長と2014年5月31日の開催日が決まりました。記念講演の講演者も交渉優先権を一応確保しております。
来年の3月9日に開催されます第2720地区大会では、日田の50周年記念大会に出来るだけ多くのクラブから出席していただくために宣伝をしなければなりませんので、多数のご出席をお願いします。
次に「海外」に目を転じますと、国際交流のための中国語講座が開講いたしました。
講師は鬼武会友の会社のネイティブスピーカー3名です。受講生は井上幸一会友夫人をはじめ10名です。来年には台北に小籠包を食べに行って中国語を使おうと話し合っています。
10月13日からの香港エレクトロニクスショウへの参加者は私だけでしたが、巨大な会場と来場者と数千と言われるブースの多さに、アジアの時代の到来を実感して参りました。
内陸の日田にいるからこそ、アジアには積極的に関わって、これからの日田市の活路を見出すべきだと考えます。これからも台湾嘉義ロータリークラブをはじめとして国際交流を盛んにしていきたいと考えます。
そして、50周年記念事業の一つとして、ミャンマーでの校舎建設の現地視察のために、田嶋副会長、織田R財団委員長と私の3名が、11月31日から12月4日まで行って参りました。
後で、現地の写真をお見せしますが、現在はとても貧しいですが、西側の資金と技術援助があれば、これから必ず発展する国だとの印象でした。
対日感情も良くオールジャパンで協力支援してくべきであると感じました。我々も細やかですが、ミャンマーの発展のために支援したいと考えます。
来年の年末頃には開校式があるはずですから、多くの方のご参加を期待します。
いずれにいたしましても、会友各位に支えられまして、無事、上半期を終えることが出来ましたことを感謝いたします。あと1年半、よろしくお願い致します。
会員卓話 井上太香美会友 「年金の話」
2012年12月05日
12月8日(水)
会員卓話 井上太香美会友 「年金の話」
井上会友に老齢基礎年金の繰上受給と通常受給の累計額が同額となる年令の話をしていただきました。

ゲスト卓話 青木正年西部振興局長「日田には未来がある」
2012年11月21日
11月21日(水)
ゲスト卓話 青木正年西部振興局長「日田には未来がある」
日田市の未来の可能性について、日田市の地理的要衝、子どもたちの事、有効求人倍率、観光、文化、再生可能エネルギー等々をお話ししていただきながら、わかり易く講演いただきました。ありがとうございました。









会員卓話 織田莊太郎ロータリー財団委員長 「未来の夢計画について」
2012年11月14日
11月14日(水)
会員卓話 織田莊太郎ロータリー財団委員長 「未来の夢計画について」



米山奨学生スピーチ
2012年10月10日
米山奨学生 APUのペレーラ・ブッディニーさん







新入会員卓話 湯浅 総会友 ・ 原 道子会友
2012年09月19日

新入会員卓話 湯浅総会友
本日は今年2回目の卓話ということで参加者が少ないと思っていましたが、出席率が通常どおりであったのは唯一の女性会員、原さんのおかげだと思います。皆様と同期会員の原さんに感謝します。日田ロータリークラブにおいて1月25日の外部卓話を引き受けたことにより、多くの反響がありました。学生や保護者さんの間では増え続ける体重とともにそこそこ有名になってたのですが、一気に社会人の方から講演依頼や、いろいろな活動へ参加をよびかけられるようになりました。ロータリーの力を痛感しました。 塾事業のほうも順調に、8月末で講師数8名、日田市史上2回目の200名以上在籍の学習塾となりました。以前200名在籍されていたT塾さんは今年で閉塾されましたが、バブル期ではなく少子化不景気の中でこの数字を達成し、地域に受け入れられていることをありがたく思います。現在日田市域で子供は1学年650名しかおりません。その中で中3を45名集め、6人ほど入塾を断りました。地域占有率では大分でダントツのトップ塾とのことです。九州でも指折りとのこと。しかし大事なことはそういう数や占有率ではなく、生徒一人ひとりのオンリーワンの塾になれるかだと思っています。現在ではそういう意味で質の高い講師不足で、高2、中2、小5、小4の4学年以外は募集停止にしています。どなたかよい講師の方がいればご紹介お願いします。 私の家庭は2代続けて母子家庭で、男付き合いとかが全くよくわかっていません。ロータリーといえば、僕にとってはマツダのエンジンだったのですが、会長橋本先生がさりげにおいていった名簿をみてびっくりしました。祖母が「ぶげんしゃどん」と言っていた方がずらり。「なんで僕こんなところに呼ばれたんやろう・・・」というのが第一印象です。それでも恥を捨て置き入会させて頂いたのは、自営業で既に叱ってくれる人もおらず、父親もおらず、学ぶ人が欲しかった事が入会させて頂いた大きな理由です。また1月25日の卓話で話しましたが、日田の教育格差をどうにかしたく、少しでも実行力を持ちたかったこと。隈診療所の宮崎先生がクリスマスにサンタの格好をして訪問する、というネタで医療系学生を推薦入試で20名ほど通してもらってるので、断れば祖母をお世話して頂いた宮崎先生に顔向けできないと思ったこと。草野先生や佐藤先生がいるので、色々なご相談が出来るかなと思ったこと。今の僕では見る影もありませんが、高校のころ石井博基先生のテニスクラブに所属させて頂いて、たらふくタダ飯を食べさせて頂いたので、かの有名な「出世払い」をしなくちゃいけない、と思ったこと。また幼少のころ母子家庭でお世話になった橋本先生は、散歩で毎日塾の前を通るのですが、まさかここで断れば連れてる犬から噛まれる危険を感じたからです。 今のところ最年少会員とのこと、塾の仕事がら平日の昼間はわりと時間が取れますので、諸先輩方に勉強させて頂きたく思っています。なにか人手が足らないときは、見てのとおり食事さえいただければいつでもはせ参じますので申しつけください。皆様のご指導、心よりお待ちしています。

新入会員卓話 原 道子会友
まずは、初の女性会友に承認して頂きましたことに、お礼申し上げます。日田ロータリーグラブに入会して、日も浅く、まだまだ何もわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。少し私のことについてお話させていただきますと、皆様ご存知とは思いますが、原 正隆の娘でございます。私の会社である有限会社三愛メディカルセンターは、亡き祖母、父の母が、設立した会社でございまして、それを引き継ぎました。祖母は、いつまでも息子想いの人でしたので、何か出来ることをしたかったのだと思います。仕事内容としましては、病院内の受付、保健請求業務、患者様の対応など、医療は今やサービス業でありますので、その顔となる業務になります。今現在、医療も様変わりしましたので、厳しい状況になりましたが。今更ながら、診療から経営まで、一人でこなしている父を、とても尊敬しているしだいです。私の小さい頃は、父は忙しく、話しもできず、ましてや、一緒に遊んだことも少なかったように思います。今の傾向としては、世間は、家庭第一という感じですが、私の子供時代では、お父さんは一生懸命仕事をして、お母さんは家庭を守る、という時でしたので、今どきとは違う家庭でした。ですから、なかなか父との接点がなく、今、ようやくここにきてやっと、話ができるようになりました。今回何を話していいのかわからず、こまりはて、迷いましたが、私の趣味についてお話を移します。高校、大学の頃から体を動かすのが好きでしたので、いろいろなスポーツをかじりました。テニスに、スキー、スキューバーダイビングと、いわばバブルの道を歩んだ世代です。唯一ゴルフだけは、親父くさい!と拒否していたものが、それが、今では、父との遊びの接点となりました。父の助言がなければ、これすら持てなかったと思います。父の若い頃に、自分が出来なかったことを、私がさせてもらったことは、ありがたいと感謝しているところです。これによって、一緒にゴルフするだけでなく、共通の趣味になったことは、嬉しいことです。また、このゴルフによって、いろいろな方と知り合うことが出来たのは、きっと、父のおかげでしょう。実は、父は、男の子が欲しかったんじゃないかと思われる節がありました。女の子にもかかわらず、なぜか、父の好きなお相撲を取ったり、空手の技をさせられたりと、どう考えても、男の子を育てて、大人になったら、お酒を飲みたかったんだと思います。でも、女の子ですから、それが出来ないと、残念だったのでしょう!だからこそ、何か一緒にできることは、私たちにとって、非常に重要なことだと思います。これで、少しでも、父の願望が満たされるなら、なおさらです。皆さまにもお分かりのとおり、父とは似ていますので、出来る限りご迷惑をおかけしませんように、また私に与えられました使命でございます父の引率を滞りなくできますよう、それと共に、奉仕の一環のお手伝いができますように、励みたいと思います。初の女性会友に恥じぬよう、頑張ってまいりますので、皆さまご指導いただけますよう、重ねてお願いいたします。とめどもない話で、お時間をいただいたことを申し訳なく思っておりますが、これにて、終わりとさせていただきます。お付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。
ローレル日田カントリークラブについて 総支配人 穴井貴弘さん
2012年09月12日
職場例会でローレル日田カントリークラブを訪れました。
ローレル日田カントリークラブ 佐藤英治会友挨拶
本日はローレル日田カントリークラブで職場例会をして頂きましてまことにありがとうございます。
ローレル日田カントリークラブは平成3年に開場いたしました。 当時バブルが弾ける前で、ゴルフ場の管理の職人がなかなかみつからず私の父である副社長は私に大学を辞めてすぐに帰って来いと毎日電話があり、人に頼ることが嫌いだった父が私に大学を辞めてまで手伝ってくれと言った言葉がとても信じられませんでした。 それから1年間は毎朝5時起きで仕事をしながら大学に通い無事に5年で卒業する事ができました。 念願でありましたロータリークラブに入会して、やっと1年が過ぎました。ロータリーソングも覚え、毎週出席することに楽しみも覚えてきました。 これからロータリークラブで少しでも長く社会貢献できるようがんばってまいります。 ありがとうございました。
お詫び 昼食は私どものレストランの料理長が用意するはずでしたが、本日はロータリークラブのお陰でしょうか?バタバタと予約が50組を超えてしまい、ちょうどお客様が昼食に上がってくる時間と重なりますので、勝手ながらお弁当にさせて頂きました。 大変申し訳ありませんでした。
ローレル日田カントリークラブの紹介 総支配人 穴井貴弘氏
本日は、日田ロータリークラブ様の職場例会で多数のご来場頂き誠にありがとうございます。
株式会社日田ゴルフ場の総支配人をしております、穴井でございます。 又、日頃よりメンバー様をはじめ数多くのご来場を感謝申し上げます。
私から弊社の概要を簡単にご説明申し上げます。 弊社は昭和47年10月にゴルフブームに先駆け、株式会社日田ゴルフ場日田国際ゴルフクラブを初代社長の佐藤正一氏によって設立されました。 その後、平成3年11月に日田国際の姉妹コースとしてローレル日田カントリークラブが誕生しました。 平成11年には初代社長の他界により2代目社長に佐藤英正氏、昨年5月から3代目社長に佐藤英治が就任しております。 従業員数は、日田国際GCが23名、ローレル日田CCが28名(パート社員含む51名が働く)になっております。部署としましては、フロント業務、スタート室業務、コース管理部、ハウス担当部、それと嘱託ではありますがレストラン部に分かれております。 それぞれ年間の来場者としましては日田国際GC約30,000人、ローレル日田CCが約40,000人のご来場を頂いております。日田市内のお客様はもちろんの事、北は山口県から南は宮崎、鹿児島県からのご来場を頂いております。 日田ICより約10分の好立地と、クラブハウスに天然温泉がある事も、人気のひとつになっているのかなと思っております。
両クラブとも土日祝は、約5割が福岡を中心とした県外のお客さまで、平日に関しましては日田市内の方が多い傾向にあります。 コースの紹介ですが、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、日田国際GCは、トリッキーでプレーヤーの1打1打のショットが大事になる大変緊張感が味わえる面白いコースであります。ローレル日田CCは、逆にフラットで広々としており、コンペも多く幅広いお客様に人気のコースになっております。 ここ最近のゴルフ場業界は大変厳しい中にあり、プレー料金の値下げ、ゴルフ人口の減少、又、経営譲渡などという言葉がよく伝えられておりますが、弊社と致しましては、理事長以下理事、役員の皆様、又メンバー様のご支援ご協力を賜りながら今後も職務に邁進する所存でございます。 プロの石川選手みたいなジュニアゴルファー、女性ゴルファー、高齢者、初心者の皆様に愛され、親しみやすいゴルフ場になっていく様努力し、又、お客様に満足して頂けるコースの整備、サービスの提供をしていきたいと思っております。 最後になりましたが、日田ロータリークラブ様の益々のご発展と、本日お集りの皆様のご健勝を祈念致しまして、簡単ではございますがご挨拶とさせて頂きます。
本日はありがとうございます!!
平成24年9月12日 株式会社 日田ゴルフ場 総支配人 穴井 貴弘

インターアクトについて 新世代委員長 宮崎秀人
2012年09月05日
インターアクトについて 新世代委員長 宮崎 秀人

第28回インターアクト年次大会が、7月28日(土)・29日(日)湯布院自然の家「ゆふの丘プラザ」にて提唱RC:別府北RCで、ホスト校が明豊高校インターアクトクラブで開催されました。初めて参加させていただきましたが、インターアクトクラブ同士の交流会が主体の催しです。・インターアクトクラブ( Interact Club、I A C)とは、奉仕と国際理解に貢献する青少年のための、ロータリークラブ(RC)提唱の世界的団体で、高校に在学中の生徒、または年齢12〜18歳までの青少年が入会できます。Interactという名は「国際的活動」International Actionを意味します(2010年1月、会員資格の最低年齢が14歳から12歳と決定しました。)・インターアクト・クラブは少なくとも2つの社会奉仕プロジェクトを行い、そのうち1つは国際理解と親善を推進するものとされています。プロジェクトを通じて、インターアクターは地元社会や海外のクラブと友情のネットワークを築きます。奉仕活動は、インターアクターの活動の真髄です。・インターアクトの目的は建設的な指導力を養成し、自己の完成を図る。他人へ対する思いやりと、他人の力になる心構えの奨励と実践。家庭と家族の重要性の認識と涵養。各自の責任を果たし、懸命に努力する。全ての有用な職業は社会に奉仕する機会であるとしてその品位と価値を自覚する。地域社会、国家及び世界の問題についての知識と理解を深める。国際理解と親善の推進。等を行う。 などが目的です。・現在、109余りの国や地域にある10,700以上のクラブを擁するインターアクトは、世界的な現象となりました。200,000人近くの若者がインターアクトとかかわりを持っています。 日本での第1号のIAC誕生から40年。2009年9月末日現在、554クラブ、約1万2,000人の会員がいます。・ロータリアンは、インターアクターとどのように付き合ったらいいのでしょうか。 「社会奉仕に関する1992年の声明」に、「各種社会奉仕活動を秩序立てるために、ロータリー・クラブが提唱するインターアクト・クラブ、ローターアクト・クラブ、ロータリー地域社会共同隊、その他のグループと緊密に協力すること」(『手続要覧2007年』P83)とあります。 インターアクターというと、年齢が離れすぎていて、どのように付き合ったらいいのか、どんな話をしたらいいのか、戸惑ってしまう方も多いかと思います。そんな時には、20代、30代の若いロータリアンが間に入って、世代間の橋渡しをしてもらってはいかがでしょうか。新しいつながりが生まれることと思われます。 当会にも若い会員がいますので、ぜひ、そのような会員が橋渡しになってほしいと思います。・私の感想 参加してみて、年齢の離れた若い人たちと、何を話していいのかとまどうばかりでした。ロータリーの活動を若い人たちに理解してもらうためにも、RCとIACでの共通の何か新しい活動を提案できればと考えています。これから勉強させてもらいます。


永山布政所について 伊藤塾 伊藤利光塾長
2012年08月29日
永山布政所について
伊藤塾 伊藤利光塾長

天領とは、江戸時代の幕府直轄の領地のこと。軍事、交通の要衝と金銀山を直轄地にし、年貢と金銀を幕府の収入にした。全国に47ケ所(代官所60数ケ所)あり、郡代、代官ともに勘定奉行に属した。
日田の天領は、1593年(文禄2年)豊臣秀吉の太閤蔵入地になることから始まる。大名「毛利高政」、初代代官「宮本長次郎豊盛」は隈に日隈城を築城し、隈町ができた。1601年(慶長6年)には、徳川家康の領地になり代官小川壱岐守光氏が豆田に永山城を築城、1616年(元和2年)譜代大名・石川忠総の領地になり日田藩が成立し豆田町ができた。初代代官から最後の郡代・窪田鎮勝までの275年間、45代の代官・郡代が日田を治めた。
代官とは、10万石未満の幕府直轄地の役職で、年貢収納と民政を掌った。代官所は全国に60数ケ所 あった。また、郡代とは、10万石以上の幕府直轄地の役職で年貢収納と民政を掌った。郡代は、関東郡代(勘定奉行)、笠松郡代、高山郡代、そして日田郡代の全国に4ケ所のみであった。
それぞれの郡代役所の目的であるが、関東郡代は1806年廃止されるが、東京日本橋で勘定奉行所が引き継いだ。笠松郡代は、東海道、中仙道の合流点で京都と江戸の中間の軍事拠点担う。また、西国筋郡代は日田にあり、16万石。九州の外様大名の御目付拠点である。高山郡代は12万石、江戸の木材供給地となった。 江戸幕府での郡代の地位は、現代でいうと大企業の課長クラス。日田にあった西国筋郡代は、江戸幕府の職名で勘定奉行に属し、豊前、豊後、肥前、肥後、日向、筑前の幕領を管轄した。1639年には、永山布政所を設置している。管内の収税、庶務、訴訟を掌り、税収は最大で16.4万石あった。これは、松山の伊予藩15万石より多い数字である。しかし、石高は多いが地元で消費されず江戸に送られたため、藩のような繁栄はなかった。
九州には、日田に設置された西国筋郡代陣屋の他、出張陣屋が大分の四日市、大分の高松、宮崎の富高、天草、そして長崎奉行所があった。西国郡代役所詰めの役人数は、日田詰が16名、他合わせて37名であった。
西国筋郡代陣屋は、明治維新後解体され、建造物は何一つ残っていない。月隈公園の南側に跡地があるが、住宅地となり民家が建っている。西国筋郡代陣屋の絵図と平面図が残っている。絵図は 1825年前後、平面図は1830年前後のものである。絵図には、豆田の道路や長福寺と八坂神社、瓦葺と茅葺き屋根の家々が見られ、1864年の絵図にはある豆田水路はまだ描かれていない。また、郡代陣屋の周りに家なく、月隈公園に桜が見られ、正面には神社がある。瓦屋根付きの白壁土塀で、建物は平屋建てで瓦葺きの屋根である。さらに、平面図からは、 役人官舎が13軒あり、住宅の仕切りは竹垣、湯殿があることなどが見て取れる。
現在の日田の町割や文化の基盤は西国筋郡代の時代に形作られた。豆田は、国選定重要伝統的建造群保存地区、咸宜園は国指定史跡で世界遺産登録も推進されている。掛屋は、草野家・国重要文化財、広瀬家、山田家・国登録有形文化財で、長福寺は国重要文化財、祇園山鉾は国指定重要無形民俗文化財、小鹿田焼は国指定重要無形文化財と多くの西国筋郡代時代の遺産がある。


ロンドン五輪報告 吉田信之さん
2012年08月08日
五輪バドミントン末綱聡子選手の高校時代(現昭和学園高校、当時昭和女子高校)に指導していた吉田信之監督に来訪いただき、現地で見た生のロンドン五輪 バドミントンの速報をしていただきました。




「7.3、7.14水害を振り返って」草野義輔会友
2012年08月01日




「2012~13年度 日田ロータリークラブ会長方針」 会長卓話 日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
2012年07月04日
「2012~13年度 日田ロータリークラブ会長方針」
会長 橋本信一郎

田中作次RI会長は2012‐2013年度の戦略計画において、「クラブのサポートの強化」「人道的奉仕の重点化と増加」「公共イメージの認知度の向上」の三つの優先項目を組織全体のロードマップとして、各クラブに一層の力を注ぐように要請しています。
それを受けて、第2720地区の岡村ガバナーは以下の三点をメッセージとして提示しています。
①「元気なクラブ」を作っていこう。
②サーヴィスの心を身につけるために地元のみならず世界も睨んだ「地域社会貢献活動」を活発にしよう。
③会員一人ひとりの誠実な職業活動によって、ロータリーの「公共イメージ」を向上させよう。
以上の方針を受け、かつ、再来年に迎える創立50周年が、日田ロータリークラブの新しいステージの第一歩となるように、私は2012~13年度の会長方針を「会員の親睦・友情を第一とし、お互いに成長しながら、グローバルな眼と、より高い志と活力を持ったクラブとなる」とし、そのスローガンとして「一眼を足下に、一眼を海外に」を掲げます。
「一眼を足下に」
・クラブ会員の家族を含めて親睦・友情を第一とする。
・楽しく、お互いに成長できる、活発なクラブとする。
・第一分区のみならず、近隣のロータリークラブとの交流を促進する。それにより会員数の少ない近隣クラブの活性化に貢献するとともに、新しい友人を増やす。
・趣味同好委員会にゴルフ同好会も開設し、近隣クラブとの交流などに活用する。
・会員の増強、特に、有為な若い会員や女性会員の入会を推進する。
・これから、日田クラブが第2720地区をリードできるようなクラブになる為に、人材と組織運営の強化を図る。
・ロータリーの綱領など、サーヴィス(奉仕)とは何かを改めて学び、主に職業を通じたサーヴィスにより、
世のため人のために貢献し、ロータリーの公共イメージを向上させる。
「一眼を海外に」
・機会があれば、出来るだけ海外に出かけ、世界の潮流を体験・理解する。
・東南アジアで、我々が出来る人道的支援がないかどうかの調査を始める。台湾嘉義玉山ロータリークラブとも
共同して行えるよう連絡をとる。
・機会あるごとに、海外とのビジネスや交流の経験を卓話してもらうなど、グローバルな目を養う。
・中国語の学習クラスを再開する。
(イメージ)
楽しい・面白い・為になる → 有為な会員が増える → 自他共の成長に繋がる → 強いクラブになる
→ 世の為、人の為にサーヴィス(奉仕)する → 公共イメージが向上する → 我々の生きた足跡を残す
以上を新年度会長方針と致しますので、会員各位のご協力とご支援をよろしくお願いいたします。
一年を振り返り 会長卓話 日田ロータリークラブ会長 武内眞司
2012年06月28日
一年を振り返り
6月27日(水)
昨年末の「半期を振り返り」の際にも申し上げましたが、私の年度は50周年に向かいクラブ活性化を目標に、「温故創新」を年度スローガンに掲げ出発いたしました。伝統に立脚し必要なものは継続し、見直すべきものは改善し、新しくスタートさせるものを模索しながら、これまで以上に顔の見える日田ロータリークラブになりたいと願い、クラブ運営を私なりにやってまいりました。
クラブ活性化の源泉は会員の増加だと考え、会員増強を積極的に行ったところ、会員増強維持委員会を始め、会友各位のご協力で6名の新入会員を迎えることができました。さらにこの6名の新入会員の方達が優秀な方ばかりで頼もしいことこの上なしです。SAAの木下会友が忙しいこともあり、新入会員全員に例会場設営係をお願いしたところ、みな早く会場入りしいつも頑張ってくれています。ありがとうございます。
原点に返る目的で購入いたしました、会長、幹事等のタスキですが、始めのころは恥ずかしい思いで掛けていましたがその内慣れまして、今では掛けないと不安な気持ちになります。似合っているかどうかは別として、慣れとは恐ろしいものです。
委員会活動に関しては、今年度新しく立ち上げた「青少年スポーツ支援育成委員会」は年度当初の8月に、<日田ロータリークラブ会長杯ボウリング大会>を立案し実行いたしました。「大震災復興支援委員会」は河津建設の立花部長や日田市の原田総務企画部長をお招きして震災や防災に関する講演等を実現いたしました。
「奉仕プロジェクト大委員会」は恒例のチャリティバザーや愛の献血を実施し、職場訪問等も活発に企画されました。また、大震災義捐金のお礼で訪問した台湾・嘉義玉山クラブに加え、タイでの国際大会参加にも参加いたしました。
大事な親睦活動に関しては委員会の方々のお陰で納涼例会、観月会、クリスマス家族会、年度末家族会等多くの親睦活動が行われました。
少し残念なことは、半期に色んな突発事項が起き、年度当初予定していました「雪月花」の宴の内、「雪見の会」が実現できなかったことです。
美しい四季のある日本に生まれた特権は「花鳥風月・雪月花」を愛でる雅な心だと私は思っております。
「広報委員会」が作成した日田クラブのHPはデザイン・構成等日本一の内容を備えたHPになったと自負しております。石松委員長、中西会友ありがとうございました。各委員会活動に頑張ってくれた会友各位に改めまして心より感謝申し上げます。
下半期最初の例会時、副会長が病気療養のために休養する事態に直面、なにしろ突然の出来事で、その対策にほぼ2ヶ月を費やすことになり、委員会活動に注力できませんでした。申し訳ありません。
パスト会長をもっとこき使おうと考えまして、宴会時の乾杯や打ち込みは全てパスト会長を指名いたしました。突然の指名に驚かれた先輩もいたと思いますが「ロータリー愛」に免じてお許しください。
私の年度は、残念なことに会員のご家族の不幸が続き、さらにご葬儀と例会の時間が重なるという、想定外の事態が発生しいささか混乱いたしました。また年度中のガバナー補佐選出の依頼に加え、今年に入り本命のガバナー選出依頼が舞い込むという、まさに驚天動地の状態が未だ続いております。
先日開催いたしました「パスト会長会」で、欠席された方を除き出席のパスト会長全員から、日田ロータリークラブの悲願であるガバナー選出を是非実現させよう!と叱咤激励され、血判状を作るなら協力するよとまで言われております。
今年は辰年ですが、「画龍点晴を欠く」という言葉があります。
龍の絵を完成させるには最後の目玉の点が大事です、目玉を書くために、会長退任後、橋本次年度会長と活発に動き廻る所存です。ご協力のほど宜しくお願い申し上げます。
最後になりますが、日田ロータリークラブの良さは長く在籍しないとわからないというのが、在籍21年の私の感想です。
今年度入会された新入会員の方々は忙しい年代で大変でしょうが、長く在籍されまして、いつの日かこの会長のタスキを肩に掛けられますようにお願い申し上げまして退任の挨拶といたします。一年間ありがとうございました。