会長の時間

0年0月0日

会長の時間32 平成25年3月13日(水)

2013年03月13日

「地区大会報告」2013.03.13

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

3月9日に大分のイイチコ総合文化センターで開催された地区大会に、日田クラブから14名で出席して参りました。

 

会長・幹事・ガバナー補佐の3名は、前日の8日に行われました会議とRI会長代理歓迎晩餐会に参加しました。RI会長代理は台湾の呉桂洲さんです。通訳は呉さんのお兄さんですが14歳まで日本人だったと自称するだけに達者な日本語でしたが、達者すぎて、代理の挨拶にかなりご自分の意見も入れたようでした。

呉代理は木下パストガバナーとアナハイムで研修を受けた同期だそうですが、外国人として只一人、日本人のグループに参加された親日家です。

 

翌日の本会議の特別企画トークセッション「新世代に伝えるべきこと」に(株)ローソンの代表取締役の新浪剛史さんがゲストとして参加されました。ローソンの業績を立て直された方で、安倍政権では産業競争力会議の議員として選ばれていますが、民間の自由な発想で活力ある日本になるように提言をしてほしいと思います。

 

3時過ぎからクラブ紹介がありました。会長が壇上に上がりガバナーから記念品を受け取り、同時にクラブ紹介をするという方式でしたが、クラブ紹介を最後の方にもってきたので、そこまでは全クラブが残っていたのは良い企画だったと思います。

 

4時半過ぎから、各クラブからのお知らせが始まり、中津の60周年の案内に続いて日田クラブからも全員が壇上に上がり50周年の案内をしましたが、熊本県のクラブはほとんど離席していましたので、来年3月の人吉の地区大会でもう一度案内します。中津の60周年の案内では黒田官兵衛やロータリーの幟を立てて派手にやっていましたので、日田も次は少し派手にやりたいと考えます。

来年は人吉での地区大会ですが、出来るだけ多くの方の参加をお願いします。

 

なお、先日の卓話で合気道開祖植芝盛平翁に技を教えた武田惣角に秘伝を伝授したのは、会津藩の西郷頼母とご紹介しましたが、当クラブのホームページをご覧になった伝記作家の池月映さんから、西郷頼母は大東流という名前を付けただけで教えていないとのご指摘を受けましたので、ここで訂正するとともに池月さんにお礼を申し上げます。

 

会長の時間31 平成25年3月6日(水)

2013年03月06日

「これからの日露関係について」2013.03.06

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

先日、テレビのチャンネンルを回していたら、前に講演を聞いたことがある元駐露大使の丹波實さんが、北方領土問題と今後の日露関係について話しておられ、面白かったので最後まで見てしまいました。

 

北方領土問題については「千島と樺太の交換条約などの歴史的経緯からみれば、ウルップ島以北が千島列島であり、北方4島は北海道と同じく元から日本領土であるから『歴史の正義』を追求すべきであって『引き分け」とかいうおかしな妥協をしてはならない。すれば、世界の笑いものになるし、中国、韓国もじっと見ている。中国は尖閣どころか沖縄も自分のものと言い出すであろう」とおっしゃっていました。

 

それから、これからの日露関係については「この世に永遠の友好国も敵国も存在しない。存在するのは自国の利益だけ」を前提に次の3点を挙げられました。

 

1 中ロ関係:

①    この20年ほどでシベリアのロシア人は800万人から600万人に減った。中国の東北3省の人口は1億5000万人いる。すでに100万人以上、一説には500万人の中国人がシベリアに入ってきている。ロシアはこのことを脅威に感じている。

②    ロシアはもう中国に武器を売っておらず、逆にインド・ベトナム・マレーシア・インドネシアに売っている。

③    中国との天然ガスの値段交渉が6年間も出来ていない。

2 アメリカのシェール革命:

アメリカは3年ほど前から、地下の岩盤からガス・石油を取り出すことに成功し、

3~4年後には世界最大の石油・天然ガスの輸出国になるだろう。

現在のアジアでの液化ガスの価格が15ドルとするならば、液化コストと輸送コストを

いれても7~8ドル位と今の半額ぐらいになるだろう。

であるから、日本は天然ガスの為にロシアに頭を下げる必要がなくなった。

3 シベリア開発:

中国と組んでシベリア開発をすれば、膨大な中国人労働者が入ってくる。

高い技術と資本を持つ日本と手を組んだ方がロシアにリスクがない。

 

「今、日本は我慢と忍耐の時である」と丹波さんはおっしゃっていました。

そして最後に「20世紀は人類がソ連とどう向き合うかの歴史であったが、21世紀は中国と人類がどう向き合うかの歴史になるであろう」と指摘されました。

 

さすがに練達の外交官のお話で、今後の世界の中の日本を占う意味でも重要な内容だと思いましたのでご紹介しました。

 

5月の連休に、安倍総理がプーチン大統領と会談を行う予定だそうですが、発足以来の安倍政権の動きは世界を見据えた戦略的外交を目指していると思いますので、その重要なファクターの一つである今後の日露関係の進展に関心を持っていきたいと考えます。

 

会長の時間30 平成25年2月27日(水)

2013年02月27日

「八重の桜」を観て  2013.02.27

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

NHK大河ドラマの「八重の桜」が面白いので観ています。

昔読んだ、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」や「竜馬がいく」などの影響もあるのかもしれませんが、私達は、どうしても薩長土肥の官軍の立場から幕末と維新を見てしまいがちです。

 

「八重の桜」は、佐幕側であった会津藩の立場から幕末を描いているので、発想の転換になり大いに勉強になりました。佐幕派から見れば、攘夷派などは今でいえばテロリスト集団とも言えます。

 

会津藩家老の西郷頼母が藩主松平容保に「京都守護職を受けるのはお止め下さい。会津藩が潰れることになります」と諫言する場面は緊迫感がありました。

 

後の歴史を知る我々は、西郷頼母の言った通り、会津が賊軍とされ、戊辰戦争とその後の処遇で酷い目に遭ったことを知っています。

例えば、会津戦争での会津側戦死者は埋葬を許されずに野晒しにされましたし、会津藩から斗南藩に移封させられた家族を含めた約17000名は、壮絶な寒冷と飢餓に苦しみ、一冬を越えたところで約6000名が餓死、病死により亡くなったそうです。

 

ですから、会津の薩摩などへの恨みは深いもので、西南の役では田原坂で多くの旧会津藩士が政府軍の抜刀隊に参加して薩摩軍と戦い、西郷、大久保がともに非業の最期を遂げたときは「当然の報いだ」と言ったそうです。

 

昭和61年に長州の萩市が会津若松市に対して「もう120年も経ったので」と会津戦争の和解と友好都市締結を申し入れましたが、会津は「まだ120年しか経っていない」とこれを拒絶しました。

そして、平成23年3月11日の東日本大震災において、会津若松市は萩市から義援金や原発事故避難者用の救援物資の提供を受け、ようやく会津若松市長が萩市をお礼の意味で訪問したそうです。

 

所で、私は合気道をしていますが、合気道開祖植芝盛平は旧会津藩士武田惣角から大東流合気柔術を習いました。その武田惣角は、ドラマに出てくる会津藩家老の西郷頼母から教授されたと言っていたそうです。元々、この技はお留め技といって、藩士の中でも上級藩士にしか教えなかった秘術だったそうですが、維新後、そのような技が一人の旧会津藩士によって細々とつながり、今や世界的に普及した合気道になっているのは奇跡に近いような話だと思います。

 

「八重の桜」の会津士族の役をしている男も女も凛々しくて恰好がいいのは何故でしょう。私は会津に行ったことがないので、是非、近いうちに訪問したいと思います。

 

会長の時間29 平成25年2月13日(水)

2013年02月13日

「これから起こることを知るために」2013.2.13

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

インターネットに、面白い記事がありましたので、ご紹介したいと思います。

ジム・ロジャーズの『娘に贈る12の言葉:人生と投資で成功するために』という本の書評です。私はジム・ロジャーズという人は知りませんでしたが、有名な国際投資家だそうで、10年間で4000%のリターンを実現させた実績もあるようです。

 

面白いと思ったのは、娘に贈る“彼の考え方”です。そのいくつかをご紹介します。私とはジムで、君とはまだ9歳の娘です。

 

・学生の頃の私は、単に世界中のことを調べるのが好きなだけの若者だった。

ところが、ウォール街に行くと「チリの革命で穀物が上がる」という私の意見にお金を払ってくれる人がいて驚いた。
でも、私はたとえお金をもらわなくたって、歴史や世界中の出来事を調べることに情熱を燃やすことができた。

 

・「他者に流されずに、自分の頭で考える」ということが重要だ。

君のアイデアが笑われたら、それは成功へのサインだ。
・常識はそれほど常識ではない。社会通念や常識と呼ばれるものが間違っていることなんかしょっちゅうだ。

・真実を見極めるためには、手に入る限りの情報に目を通して、何が真実かを常に自分の頭で考える癖をつけておかなければいけない。
あらゆる報道や雑誌の偏見を解読することを学び、政府や特定の利害関係者によって何が植え付けられているかを見抜くのだ。

・もし君が、自分自身や自分の国のことを本当に知りたいのなら、世界を見てくるといい。
外国やそこに住む人々と比較することで、いままでと違った視点で自分や自分の国を見ることができるようになる。私は、イギリスの小説家で詩人のキャップリングの次の言葉が好きだ。「イギリスだけしか知らない者にイギリスが本当に理解できるはずがない」
・哲学というのは、一般に思われているような小難しい理屈などではなく「自分の頭で、どのように考えるか」という技術なのだ。

物事を考察するには、大雑把に言って次の二つの方法がある。観察から結論を導き出す方法と、それに頼らずに理論だけで考えていく方法だ。どちらかだけが正しいというわけではなく、いろんなやり方でバランスの良い思考法を身につけることが大切なのだ。

・君にはぜひ、歴史を学んでほしいと思っている。

これから起こることを知るためにはいま何が変わりつつあるのかを知らなければならない。そして、それを理解するために、過去に何があったのかを学ぶ必要がある。
私が相場で成功を収めることができたのは、歴史を学ぶことを通じて、大きな視点で世界の変化をとらえられるようになったからだ。

・私が歴史や政治に対して興味や関心を持っていたからこそ、ある国で起こった大きな出来事が、世界のほかの国々にどんな影響を与えるのかというヒントを得ることができた。歴史を知るのに、もっとも適したメディアは書物だ。できるだけ、多くの歴史書を読んでほしい。

・父から君へのアドバイスは「変化に敏感であってほしい」ということ。
その変化はちょっとした変化ではなく、何十年に一度しか起こらないような根本的な変化のことだ。

私はジム・ロジャーズの考え方に賛成するので、早速、この本を注文しました。

 

会長の時間28 平成25年2月6日(水)

2013年02月06日

「ビジネスに効く教養」 2013.2.6

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

2月5日付の日経新聞に「ビジネスに効く教養 何磨く?」という記事がありました。

 

何を「社会人として恥ずかしくない教養とするか」は定義しにくいので、ビジネスパーソン1000人にアンケート調査をしたそうです。

 

その結果、ビジネスパーソン1000人が考える「今学ぶべき教養」ベスト10は次の通りです。

 

1位 日本史全般   2位 経済学  3位 日本文化の知識  4位 世界史全般

5位 現代文学全般  6位 経営学  7位 英語      8位 スーツ(衣服)

9位 音楽全般   10位 正しい日本語

 

私が驚いたのは、ベスト3に「日本史全般」と「日本文化の知識」の二つが入ったことです。英語は7位でした。

 

グローバル化が進む中、コミュニケーションに英語など外国語が必要なことは言うまでもありませんが、単に英語を喋るだけでは世界と対等に付き合えないということが、実際に国際ビジネスに携わった体験から分かって来たのではないでしょうか。

 

グローバル化が進めば進むほど、自国の歴史や文化を踏まえて自国のことを語れる人でなければ、世界で対等に渡り合えないと思います。

 

民族と民族が頻繁に交流する世界では、自分が何者であるかの自己証明、アイデンティティとアイデンティティのぶつかり合いがあって初めてお互いが対等の立場に立てるのだろうと思います。

 

日本人はそういう厳しい環境になかったのは幸いでしたが、これからはサッカーでいう削り合うような自己主張が必要になってきます。

 

自国の歴史や文化あるいは立場を説明できない、或いは主張できないのでは、他国の人の信頼や尊敬を勝ち得ることはできません。

 

お茶の水大学の藤原正彦さんが、イギリスの大学にいたとき、あちらの教授にお茶に誘われたそうです。その会話の中で「元寇は文永と弘安で、どう違うのですか?」と普通に聞かれて冷や汗をかいたそうです。「もし答えられなくても何ごともなく過ぎるでしょうが、二度とお茶には誘われないでしょう」と藤原さんは書いていました。

 

私はそれほど高尚な話ではありませんが、近隣諸国人から、いきなり先方の主張をぶっつけられたことが何度もあります。

 

しかし、彼らは一方的な歴史教育しか受けたことがありませんから、別の観点から質問をすると全く答えられません。最後には「そうかも知れない」と言われて、こちらが逆に驚くことがあります。

 

何もこちらから喧嘩を売ることはありませんが、こちらからすれば言いがかりともいえるクレームをつけられたときに対応できるだけの準備はしておくべきだと考えます。

相手の主張に迎合したり、無闇に謝るだけでは、腹の中で軽蔑されるだけです。

 

今、日本人は自国の歴史を知らない人が多いです。これは国民に責任があるのではなく、自国の歴史などを教えなくした戦後の教育にあります。高校で日本史は必修ではないそうです。

 

そうした中で、今回のアンケートで、日本史全般、日本文化の知識がベスト3に二つも入ったことはとても歓迎すべきことで、いずれ、日本史は高校でも必修になるだろうと考えます。

 

 

 

会長の時間27 平成25年1月30日(水)

2013年01月30日

「母の力」2013.01.30

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

先日、大分県保育連合会の記念講演で助産婦内田美智子さんから、感動的なお話を聴きました。

事例の一つに、コンビニ前で座り込んで仲間とコンビニ弁当を食べる女子中学生が「その時ほど幸せなときはない」という話がありました。

そのような気持ちは考えたこともありませんでしたが「カップラーメンかコンビニ弁当ばかりで、一体何をしてくれたというんだ」という親への怒りの言葉と合わせて考えると、子供達の満たされない気持ちが憐れに思えました。

 

人間の子供は長い親の保護がなければ生きていけません。特に食事を与えるということは、哺乳動物の根源的な行為であるということを改めて考えさせられました。

 

最近では、朝、食事をしない、或いは、しても、菓子パン一つという家庭が珍しくありません。共働きが増えたということもあるかもしれませんが、意識の変化の方が大きいと思います。

 

そういう意味では、今は亡き大正生まれの母に育てられたということを、心より感謝します。今とは比べ物にならない終戦後の物資の少ない時期でも、かまどで炊いたご飯と味噌汁はあったように思いますし、学校に弁当も持たせてくれました。

 

そういう明治や大正の日本の母親たちは、どういう教育で育ったかと言いますと、戦後、評判の悪い「修身」の教科書です。お手元に明治四三年尋常小学校修身書のコピーをお配りしていますが、一部を読んでみます。

 

「男子の務めと女子の務めとはその間に異なるところあり。修身の教えは男女共に守るべきものなれども、男子は剛毅果断にして女子は温和貞淑なるをよしとす。知識をひろむることも男女均しく大切なることなれば、各々その分を尽くすに必要なる知識を収得すべし。女子は男子より体力弱ければ、男子は女子をいたわるべきなり。又、世には女子を男子より劣れりと思うものあれども、大いなる心得違いなり。女子も男子も万物の長にして、ただ其の務めを異にするのみ。女子が家庭の和楽を図るは、やがて一国の良風美俗を造る所以なり。女子の、母として子供を育つることの良否は、やがて、その子の人となりに影響し、延いては国家の盛衰にも関係するものなり」

 

まさに、母の力というのは「国家の盛衰にも関係するもの」であると思います。

 

会長の時間26 平成25年1月23日(水)

2013年01月23日

「狼と子羊」2013.01.23

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

今日は、保育園で本当のイソップを知るために購入した原典「イソップ物語」の第一話「狼と子羊」を紹介します。

 

ある夏の暑い日、子羊が崖下の清水を飲もうと思って下りていくと、狼と出会いました。

 

狼は、何か喧嘩を吹っかけてやろうと思って「オイ、貴様はなぜそんなに水をかきまわして飲めないように濁らせるのだ」と決めつけました。

 

子羊は脅かされてオドオドしましたが、なるたけ下手に出て「私の飲んだ水は、貴方の方から流れて来ますので、そこまで濁る筈はございません」と素直に答えました。

 

すると、狼が「それにしても貴様は悪いやつだ。半年前に俺のことを散々悪く言ったではないか」と言いがかりをつけました。

 

子羊は「いえいえ、半年前には私はまだ生まれておりません」。

 

すると、狼は大層腹を立てて唸りだし「何だと、貴様にしろ、貴様の親父にしろ、悪口を言ったのは、つまり同じことだ」と言って、かわいそうに罪もない弱い子羊を食い殺してしまいました。

 

この第一話を読んで、どこかの国の外交のようではないかと思いませんか。

 

第一話の警句には「乱暴な人間は自分の悪事に言い訳を作るのが上手です。

また、心の邪まな者が不義を行おうと思えば、造作もなくその種を作るのです。

そんな人間には決して気を許してはなりません」とありました。

 

相手の言いがかりに対し、その背景と意図をしっかり見極めなければ、相手の思うつぼか、後手にまわって被害を拡げてしまいます。

 

イソップ物語が読み継がれてきたのは、いつの時代も変わらない人間社会の真理が含まれているからです。

 

「人を疑ってはいけません」「みんな善い人だから仲良くしましょう」というのも間違いではありませんが、一方で心の邪まな者がいるのも事実です。

 

もう「冬の間、アリとキリギリスは仲良く暮らしました」のような戦後版の童話ではなく、原典に忠実な、厳しい「イソップ物語」を読むことが、子供たちだけではなく、大人にとっても必要な時代なのかもしれません。

 

会長の時間25 平成25年1月16日(水)

2013年01月16日

「ならぬものはならぬ」 2013.01.16

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

新しくNHK大河ドラマ「八重の桜」が始まりました。前回の「平清盛」は初回を見ただけで後は一切見ませんでしたが、「八重の桜」は2回目も見ました。

 

幕末という日本国難の時代背景の中で、佐久間象山や勝海舟、吉田虎次郎、西郷吉之助など馴染みのある人たちが活躍するという事もありますが、幕末維新のドラマといえば、いつも薩長土肥が中心でしたが、いわば賊軍とされた会津藩からみた幕末・明治というのも面白そうです。

 

その「八重の桜」の中で、会津藩士子弟の教育、「ならぬものはならぬ」で有名な「什の掟」が繰り返し出て来ます。その内容についてはコピーをお配りしております。

 

会津藩では同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まりをつくり、この集まりのことを会津藩では「 (じゅう)」と呼んだのだそうです。

類似するものに、薩摩藩の郷中(ごじゅう)教育があります。薩摩の鍛治屋町から西郷隆盛や大久保利光など維新の英雄を輩出したことは有名です。

 

この若者たちの自治組織というのは、民俗学的には若集宿と同根のもののようで、台湾など南方から来たもののようです。この民俗学的なものが、士族教育という、より倫理的なものに進化させたというのも我が国の誇りであると考えます。

日本最後の若衆システムといえば、旧制高校の寮であったのかもしれません。

 

「八重の桜」の中で、子供たちが「戸外で夫人(おんな)と言葉を交えてはなりませぬ」と唱和したり、母親が娘に男と女の差を教える場面がありましたが、妙に現代的解釈ではなく、時代もNHKも少しずつ変わっているなと思いました。

 

ところで、私の保育園では「什の掟」から援用しました「善悪の区別」を毎朝、3歳以上児が朝礼で唱和しています。

 

「善悪の区別」

一つ 嘘をつかない

二つ 盗まない

三つ 命を大切に

四つ 卑怯なふるまいをしない

五つ 弱いものいじめをしない

六つ 年上のものを敬う

 

先々、子供たちの行動規範に少しでも役立ってくれればと思っています。

(さらに…)

会長の時間24 平成25年1月9日(水)

2013年01月09日

「結果が出るまで辛抱強く」 2012.01.09

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

今日の速報によれば、日本商工会議所の岡村正会頭が、財務省に麻生太郎財務相を表敬訪問し、「円高の是正」や「電力の安定供給」など経済政策に関する要望書を手渡し、

 

麻生氏は「政府の考えている方向と一致している」とした上で、「デフレの脱出には大変な力と時間がかかる。結果が出るまで辛抱強くやりたい」と意欲を示しました。

 

会談終了後、岡村会頭は、「成長戦略で企業収益を上げて」「所得を増やし、消費を向上させる」という政府のデフレ脱却の戦略について「誠にもっともな話だ」と賛意を表明しました。

 

そして、今日の日経平均は、前日比71円高の10,578円、ドルは87円48銭でした。

ミャンマーに行ったときに両替したのが1ドル82円でしたから、一月余りで5~6円安くなりました。

 

この円安により、例えば「トヨタ自動車」は昨年11月時点では200億円の赤字を予想していたのが、この3月期の単体営業損益は5年ぶりに黒字化する見込みとのことです。

 

トヨタの場合、1円円安で年間の連結営業損益が350億円改善されるそうですが、逆もまた真で、リーマンショック以降は、乾いた雑巾を更に絞るような「カイゼン」をしたことと想像します。

それでも雇用を守るために国内生産300万台体制を維持したトヨタの経営哲学に敬意を表します。

 

安倍政権が進める、金融政策・財政政策・成長戦略のいわゆるアベミクスは、麻生財務大臣が「デフレの脱出にはたいへんな力と時間がかかる。結果が出るまで辛抱強くやりたい」と言うように簡単なことではないでしょうが、国民も性急に政権批判をするのではなく「結果が出るまで辛抱する」ことが必要なのではないでしょうか。

これで失敗したら日本国の存続さえ危ぶまれるというほどの覚悟が必要です。

 

また、政府の予算をつぎ込んで、産学共同で国を挙げて、iPS細胞による新薬の開発、スーパーコンピューターによるハイテク技術の開発などなど、2番ではなくて世界1番の座を取り戻すことを期待します。

 

海外に移転した製造業も国内に戻ってきて、「雇用が増え、所得も増え、結婚も増えて、子供も増えて」日本経済が再生することを期待して、今日の卓話を終わります。

 

会長の時間23 平成24年12月26日(水)

2012年12月26日

「今年最後の例会」2012.12.26

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

今日は12月26日ですが、安倍新政権が誕生します。

新政権の金融・経済政策に期待して、日経平均は1万円を突破し、円は85円に安くなっています。来年は、この期待が本物になって、実体経済が活性化していくことを心から願います。今日は、卓話の時間に「上半期を終わって」がありますので、これくらいにしておきます。

 

会長の時間22 平成24年12月19日(水)

2012年12月19日

「赤山ガバナーエレクトの壮行会・他」2012.12.19

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

昨晩、大分のレンブラントホテルで開かれた赤山ガバナーエレクトのサンディエゴ研修会出発の壮行会に出席してきました。1月12日に出発、空手の名手であるお嬢さんが同行されるそうです。

杉谷、本田パストガバナーの時の壮行会参加者はそれぞれ3名、岡村ガバナーの時は30名だったそうですが、今回は43名の参加者でした。これも第2720地区が活性化しているあらわれだと思います。

そのこととも関連して、第2720地区の最近の活動が認められたのかもしれませんが、杉谷パストガバナーが、RI理事ノミニーに推薦されたそうです。併せて、ご報告します。

 

さて、選挙も終わり、予想以上の結果になりましたが、選挙中から株価は上がり円安も進みました。新政権は当面、経済の回復を第一に明確な政策を打ち出してくるでしょうから、来年夏にかけての景気の回復を期待したいと思います。他にも、外交・安全保障など、日本が直面する難題はいくつもありますが、しっかりと土台から立て直してもらいと考えます。

また、今回の選挙と小選挙区制度ということを考えた場合、日本人もだんだんこの制度に慣れてくるのではないかと感じました。というのは、前回の選挙のように耳触りの良い言葉に惑わされなくなったのではないかということです。ある意味、今までの選挙だったら言いにかったことを言った政党が過半数を確保しましたが、これも3年余りの経験で得た国民の貴重な財産であって欲しいと思います。

 

それにしても、小選挙区制度は政権交代が容易な制度ですから、新政権は緊張感を持って国政に当たってもらいたいと思います。

 

 

会長の時間21 平成24年12月12日(水)

2012年12月12日

「家族例会」2012.12.12

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

こんばんは。今日は年末恒例の「家族例会」です。大勢の奥様やお子さま方に参加していただき有難うございます。ロータリークラブは、家族の皆様のご支援やご協力があるからこそ可能だと思います。

来期は、日田ロータリークラブの創立50周年です。私は来期も引き続き、会長をやらせていただきますが、奥様方には色々お願いすることが多いと思います。何卒、ご協力をお願い致します。

お知らせしておきたいのは、50周年には、ミャンマーの小さな村に学校を建設する計画を進めています。今月の初めには、私と田島副会長、小田財団委員長の3名で現地を視察してまいりました。

もし、計画が実現した折には、開校式に出来るだけ多くと方と参加したいと希望します。

私の任期はまだ1年半残っていますが、先の事は余り心配せずに、皆様のご協力を得て、50周年を成功裏に終わらせたく頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

今日は親睦委員会がアトラクションなども用意していますので、どうぞ楽しい時間をお過ごし下さい。

 

会長の時間20 平成24年12月5日(水)

2012年12月05日

「ティータンゴン村視察」2012.12.6

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

日田ロータリークラブ創立50周年の記念事業の一つとして、ミャンマーに学校建設をするために、現地を視察して、今朝8時に福岡空港に戻ってきました。

ミャンマーの前首都ヤンゴンは、マニラと同程度の都市との印象ですが、市内から車で一時間も走ると竹や植物で編んだ高床式の住居が立ち並んでいます。雨季になると水に浸かるようで、電気も水道もなく、インフラ整備はとても遅れています。

ただ、人情はとても穏やかで、とげとげしいところがなく、他人に対して、とても気を使う人たちであるとの印象を受けました。

ここ一年で、ホテルの料金は2、3倍に上り、車の台数が急激に増えたようですが、車の90%以上が日本から輸入された中古車です。飛行機の乗客や市内に、白人の姿が多くみられ、西側から人物金が流れ込む前兆のようであり、これからは一年毎に発展して行くものと思われます。

 

視察には、既に現地で学校を3校建てた古庄さんという方と、一緒にボランティア活動をしているスースーさんが同行してくれ、建設済みの学校2校も視察してきました。

 

建設予定地のティータンゴン村へはバスで2時間、ボートに乗り換えて1時間半の所でしたが、村長がわざわざボートを仕立てて我々を迎えに来ました。

現地で子供たちから歓迎を受け、村長から状況を教えてもらったことは、以下の通りです。

 

ティータンゴン村

 

人口:50家族250人(子供60人:女39人、男21人)

現在ある村にある学校(塾?)は、村民がお金を出し合って運営している。

月曜から金曜日の朝10時から16時まで授業。

教科書は政府発行の物を村が購入して使用(ミャンマー語、英語、数学、農業)

狭い一部屋で、1年生から6年生をグループに分けて授業

 

先生は一人45,000チャット(4,500円)/月で、2名を雇用。

保護者から子供一人当たり1,500チャット/月を徴収。

現在、貧しいがゆえに、10名ほどの子供が学校に来ていない。

 

新校舎がたてば、政府が先生を入れてくれることを約束しているので、子供の授業料は無料になる。(但し、教科書代はかかる)

 

場所は現在位置に建設。既に政府から土地と建設許可ももらっている。

建設は、設計は技師がするが、労働力は村の人が提供する。

新校舎は40フィート(12m)*30フィート(9m)の物を予定。現在は6m*6m位のまさに茅屋。

 

今回、学校3校を視察しましたが、どこの子供たちも礼儀正しく、目が輝いており、先生に大きな声で返事をしていました。子供たちは奪い合うように、私たちの手を取り、泥道を学校に案内してくれるのですが、私たちが、ぬかるみに入らないよう、あるいは枝が顔に当たらないように、気を遣っているのが良く分かりました。

 

 

 

会長の時間19 平成24年11月28日(水)

2012年11月28日

「ミャンマーについて」 2012.11.28

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

11月30日(12月5日朝帰国)から、私と田島副会長、織田R財団委員長で、学校建設予定地の現地視察に行ってまいります。つきましては、ミャンマーについて勉強したことを少しご紹介したいと考えます。

 

ミャンマー連邦共和国

面積:日本の1.8倍

人口:6250万人(約日本の半分)

首都:ネピドー(2006年よりヤンゴンより遷都)

民族構成:ビルマ族70%、シャン族8.5%、カレン族6.2%モン族2%、インド人2%

宗教:国民の85%が仏教徒、キリスト教徒5%(主に山岳少数民族)、イスラム教徒4%

公用語:ビルマ語

気温:平均最高気温30から40°の間で、最低気温は15°を下ることはない。

降水量:5月から10月が雨季で、11月から4月は乾季

 

ミャンマーの歴史

ビルマ族の起源は、もともとチベット高原から下りてきた人たちで、1044年にビルマ族のパガン王朝を樹立しました。チベット系ですから、ビルマ語は日本語と似た語順のウラル・アルタイ語系です。

1885年にイギリスに完全に鎮圧されて、1886年(明治29年)に英領インドに併合されて、ビルマ国王夫妻はインドに流刑となりその地で死亡しました。

その後、イギリスは北部山岳少数民族をキリスト教に改宗して軍と警察を担当させ、インド人は金融、華僑は商売、ビルマ人は最下層の農奴にするという分割統治政策をとりました。

この身分関係がビルマ人の山岳民族への憎悪として残り、今の残る民族対立の原因になりました。

 

日本とミャンマーの関係

1941年の大東亜戦争開戦後、日本軍援蒋ルートの遮断などを目的としてビルマへ進攻し全土を制圧しました。この時、タイで日本軍の支援によって設立されたビルマ独立義勇軍をアウンサン(アウンサン・スーチー氏の父親)が率い、1943年にバー・モウを元首とするビルマ国が建国されました。

その後、1944年のインパール作戦の失敗など日本の敗色が濃くなると、アウンサンの指揮するビルマ国民軍は、日本軍とビルマ国政府に対してクーデターを起こしイギリス側に寝返りました。

しかし、戦後、イギリスは独立を許さず、再びイギリス領になりましたが、1948年に、やっとイギリス連邦を離脱してビルマ連邦として独立しました。

 

なお、ビルマ方面作戦に参加した303,501名の日本軍将兵のうち、6割以上にあたる185,149名が戦没し、帰還者は118,352名のみでありました。

 

ビルマ戦線については自らの従軍体験を基にした「フーコン戦記」(古山高麗雄)や、北ビルマの激戦に従軍された日田の方、元台湾人日本兵からその体験談を聞いたことがありますが、北ビルマから撤退の道は白骨街道と呼ばれるほど悲惨なものだったそうです。

 

今回の学校建設予定地の視察はもちろんのことですが、ビルマの風土や人情、日本人に対する想いなども肌で感じてきたいと考えます。帰国したら皆様に現地の実情をご報告いたします。

 

 

会長の時間18 平成24年11月21日(水)

2012年11月21日

「子供を可愛がった日本人」  2012.11.21

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

最近は、育児放棄、幼児虐待など、子供をとりまく環境には厳しいものがあります。いつからこんな殺伐とした世の中になったのでしょう。

 

「江戸の子育て」という本があります。この本を読むと、江戸時代の日本人の子育ての様子が良く分かるので一部を紹介します。当時の子供たちは信じられないほどかわいがられて育てられていました。

 

明治初期に来日した英国婦人イザベラ・バードは「私はこれほど自分の子供をかわいがる人々を見たことがない。常に子供を抱いたり背負ったりしている。子供の遊んでいる様子をじっと見守り、時に一緒に遊んでやったりもする」と書いています。

ちなみに、戦国時代に来日した宣教師も同じように、子供たちがこんなに可愛がられて、こんなに安心して遊んでいる国は見たことがないと書いています。

 

江戸時代の大人たちは、毎晩、子供のそばで、おかしくもない子供の話も面白そうな様子で聞き、親からも年相応のことを話して聞かせ、子供を中心に団欒を共に楽しんでいたようです。

 

スキンシップも現代よりはるかに豊かで、乳をくわえて寝たり、抱かれて寝たりするだけでなく、外出の帰りは、大抵、おんぶか抱っこでした。

肌と肌とを接してやると子供は良く寝るので、子供を裸にして抱いて寝、子供が乳を求めて母親のところに行けば、いつでも乳を飲んだり、舐めたりすることが出来たようです。

 

睡眠についても、現代では一人で寝させるのを自立と言っていますが、一人で寝かせた様子はありません。婆と寝て目覚めると婆の乳を舐めたり、爺と寝て昔話をしてもらったり、いつも誰かが添い寝していました。

 

ある日記には「孫を抱いて寝ると『おじいさ、百人一首を読んで』という。天智天皇の『秋の田の』と読んでやると、その通りに読む」とあります。

愛情たっぷりの中で、百人一首や、舌切り雀、花咲かせ爺、古の聖賢の話、大和の名将勇士の振舞いなど、年相応の物語を取りまぜ、寝物語に聞かせながら自然に手習いや書物に導くことが江戸の子育てであったようです。

 

文化年間、松前藩で捕虜生活を送ったロシア海軍少佐ゴローニンは「日本人は世界で最も教育の進んだ国民である。読み書きの出来ない人間や祖国の法律を知らない人間は一人もいない。一番大切なことは日本人が幼年時代から子弟に忍耐、質素、礼儀を極めてたくみに教え込むことである」と書いています。

 

今は核家族化して、爺や婆と一緒に住むことも少なくなりました。中には孫を触らせてもらえない爺や婆もいます。

もう、江戸時代に戻ることもできませんが、今の日本人の考え方を変えない限り、いくら制度をさわっても、お金を出しても、少子化も幼児の虐待も改善されることはないだろうと思います。

 

 

 

会長の時間17 平成24年11月14日(水)

2012年11月14日

「東北大震災の被災地を見て」2012.11.14

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

先月、東北大震災の被災地、石巻市と仙台市を見てきました。

石巻市では、破壊された建物はきれいに片づけられていましたが、瓦礫のほとんどは、まだ集められて積み上げている状態だそうです。市民は北九州市の名前をあげて瓦礫の受け入れを感謝していました。

 

平地になっている石巻市の港に面した市街地では、新たに住宅等を建築することは禁止されていて、将来はスポーツ公園にする計画になっているということでした。

しかし、個人の所有地を国が買い取る土地の値段は固定資産評価額で、例えば8万円ですが、高台に建設される予定の土地の値段は18万だそうです。どうして移転できますかと被災者である語り部の人が言っていました。

 

話を聞きながら、日本で、私有財産がそのような形で処分されることが可能なのだろうかと疑問に思いました。仮に、ある人が津波はもう千年は来ないと判断するから、自分の責任で家を建てると言うことを政府が拒否できるのだろかと疑問に思いました。

 

石巻の海産物の年間売上高は600億円であったそうです。昔から、海と共存共栄で栄えてきた町です。漁業が再生しないと税収もあがりません。これからも町が再生しようとすれば漁業でしょうから、津波被害を受けた昔もそうであったように、人々は自然に再び海に近づいて来るしかないだろうと推測します。

 

自然災害を完全に防ぐことはできません。しかし、被害を減らすことは可能だと思います。

今まで何回も津波警報が出されたそうです。しかし、いつも二、三十センチのものだったので、皆が警報に慣れてしまったそうです。

 

また、今回の津波で、保育園児や小学生が園や学校にいて亡くなった子供はいないそうです。それは、園や学校では、マニュアル通り避難したからです。

警報の出し方や、港周辺での避難場所の確保などで、被害はかなり減らせるのではないかと思います。

 

仙台では、津波が畑を遡上していた場所に行きましたが、方々で田んぼの塩抜きをしていましたから、もう、畑を活用する方針のようです。私は、高速道路の土盛りで津波が止まったことからも、むしろ、海岸沿いに土を盛るべきではなかろうかと考えていましたら、先日の読売新聞に13メートルの土盛りをする計画があるという記事がありました。これでも巨大津波から完全に守れるかどうかわかりませんが、少なくとも減災はできると思います。

 

日曜日の「やしきたかじんのそこまで言って委員会」で、東大地震学のゲラー教授が「地震の予知は絶対に出来ません。これが学会の大方の意見です」と言っていましたが、やはり、日本人は良くも悪くも自然と共存して行くしかないのではないかと思います。

 

会長の時間16 平成24年11月7日(水)

2012年11月07日

「日田キヤノンマテリアル株式会社さんでの職場例会」 2012.11.7

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

本日は、日田キヤノンマテリアル株式会社さんの工場見学をかねての職場例会ですが、快く受け入れて下さいましたことを深く感謝いたします。

今年の6月に行われた開所式で御手洗冨士夫キヤノン会長は、日田キヤノンマテリアルで造る部品について「キヤノンの“宝”といえる技術やノウハウがぎっしり詰まっている。こうした重要な部品の生産は海外に出すつもりはない」と力説され、キヤノンのものづくり方針として「労働集約的な組み立ては一部を海外に出すが、付加価値の高いものは日本に残し、雇用にも貢献していく」と述べられました。

このような戦略性の高い工場を日田に建設、かつ、日田市内からの大勢の若い人たちを採用して下さいましたことに日田市民として感謝するとともに、将来的な事業の拡張を大いに期待いたします。

本日は、グローバル化の中で日本の製造業が如何に対応して行くかなどのお考えも併せてお聞かせ願えれば幸いです。本日はよろしくお願いします。

 

 

会長の時間15 平成24年10月24日(水)

2012年10月24日

「チャリティーバザー」2012.10.23

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

今日は恒例のチャリティバザーですが、朝早くから設営・値付けなどに来ていただき誠に有り難うございます。バザーに欠かせない奥様方のご協力にも深く感謝いたします。多くの来場者と出来るだけ多くの益金がでることを期待します。

 

さて、先般からお話ししております、創立50周年記念事業としての国際奉仕活動の件ですが、地区副幹事のご紹介でミャンマーでの小学校建設の話が来ております。

これは既に現地で小学校を3校建設した実績のある方のご紹介ですが、ヤンゴンからバスで2時間、バイクで30分のティダンゴンという村の掘っ立て小屋の寺子屋をコンクリートの学校に建替えたいというユニセフからの紹介です。写真で見ましたが、実にみすぼらしい建物ですが、壁にこれまたみすぼらしい黒板がかかっていましたので、貧しい村が独自に村の子供たちに教育しようとする姿勢に逆の意味で感心しました。

建設費用は約100万円くらいだそうです。教員の一人あたりの月給は通常3000円ということですが、この学校については、人件費は独自でやるという話もあります。

 

つきましては、事業化するためには、来年3月までに地区財団に財団補助金の申請をしなければならないので、現地調査をして、話を詰めてきたいと考えます。

 

現在、私と田島副会長と織田財団委員長の3名が、11月末から12月初めにかけて現地調査に行くようにしておりますが、他に参加希望の方がいらっしゃれば、早急にお申込み下さい。ミャンマーはビザが必要で取得に3週間かかることと、日本企業のミャンマーへの関心が高く、航空券が取りにくい状況があるためです。

 

ミャンマーは非常に親日的で国民は真面目で向学心が高いと言います。戦略的にも仲良くすべき大切な国ですので、50周年に向けて何とか良い事業にしたいと考えております。

 

会長の時間14 平成24年10月17日(水)

2012年10月17日

香港エレクトロニクスフェア視察」2012.10.17

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

香港エレクトロニクスフェアを鬼武会友の案内で見学してきましたので感想をご報告します。私が最後に香港に行ったのは香港返還前で、ビルの間を発着する啓徳空港でしたから、新しく近代的ハブ空港となった香港国際空港の偉容に驚きました。英国統治最後の事業として僅か6年で完成させていますから、未だに満足なハブ空港のない日本と比べてその戦略性と実現スピードの差に愕然とします。

香港は中国本土を後背地を持つ利点もありますが、この空港を最大限に利用して世界中かバイヤーを集め、今回の香港エレクトロニクスフェアのような展示会などを数多く開催しています。今回フェアが開催された会場は地下1階、地上5階ですが、延面積で東京ドーム10個分だと聞きました。朝の9時から夕方6時まで、歩き回っても3分の1も見ていないのではないかと思います。3千数百社のサプライヤーがそれぞれ工夫を凝らした製品を展示していましたが、ほとんどが香港と中国本土の会社でした。台湾や韓国はありましたが、日本からはサプライヤーもバイヤーも少なかったのではないかという印象です。

展示された製品は一流品とは言えないかもしれませんが、デザインもよくて値段が安く、東南アジア、中近東、中南米、アフリカなどの発展途上国では大いに売れるだろうと思いました。3Dテレビ等の出品もありました。基幹技術は日本から輸入しているのかもしれませんが立派に映るし、コスト面で日本製品は太刀打ちできないでしょう。

数千の香港サプライヤーは、多分、ビルの狭い一室で企画を練り、部品を集めて、中国本土で組み立てるという構造なのでしょうが、これだけ世界中からバイヤーが集まっている活況を見ると、今後、日本の製造業はどう対応して行くべきかと素人ながら考えさせられました。

20数年前、広州交易会を見たことがあります。錆びた製品が展示されるなど何も見るべきものがなかった当時と比較すると、会場も製品も展示方法も洗練され大変な進歩でした。今後も東アジアの製造業等の動きには目が離せないと感じた今回の香港視察でした。鬼武会友の案内に感謝します。

 

 

 

会長の時間13 平成24年10月10日(水)

2012年10月10日

「岡村ガバナー公式訪問について」 2012.10.10

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

先日の岡村ガバナー公式訪問の会長・幹事懇談会で話し合われたことなどを報告します。

まず、何か困っていることはないか聞かれましたのでと、ロータリー財団資金を活用して国際奉仕をしたいが、どうすればよいかと質問しました。赤山年度には460万円の財団資金を地区にバックする予定であるので、クラブ資金と合わせて国際奉仕に使ってほしい。10月27日にセミナーで詳しく説明するとのことですので、私と財団委員長が話を聞いて参ります。

日田クラブは約50年間、ロータリー財団に資金を拠出するだけでしたが、来年の50周年には、有効に使わせていただきたいと考えております。

 

なお、岡村ガバナーは、自分は現在、ガバナーであるから財団の資金は使わずに、個人でミャンマーに学校を建てたいと言われていました。明日、中川地区副幹事のご紹介で、既にミャンマーに学校を建てた実績のある方の話を聞く予定になっています。

 

他クラブから、CLPについても質問が出ましたが、岡村ガバナーは「あれは本来、人数の少ないクラブのためで、本来、大委員長の下に各委員長はつかない。クラブが上手くいっていることが、クラブ・リーダーシップ・プランだ」と言われていました。

 

規定審議会の話もされました。この審議会は国際ロータリーの唯一の立法機関で各地区から1名選出の532名(内、日本から34名)で構成されています。

審議会で、定款の改定で議題になった一つに、Eクラブの件を取り上げられました。

Eクラブとは、インターネットを使って例会に参加できるクラブのようですが、日本では会員が顔を合わせない例会など考えられないので日本の委員の全員が反対したそうですが、外国の圧倒的多数の委員が賛成したのだそうです。

何事についてもいえることだと思いますが、日本の国内だけ基準や価値観で物事を考えていると、世界の大きな変化に気がつきません。世界のテクノロジーの進歩等に合わせて、常に発想を新たにすることが必要だと思いました。まさに「一眼を足下に、一眼を海外に」ではないかと考えます。

 

その意味でも、岡村ガバナーは、来年のリスボン国際大会について、2720地区から今のところ100人ぐらいにはなりそうだが、多くの会員の参加してほしいということでした。

ロータリークラブの良さは世界のロータリークラブとつながっていることだと思いますので、日田クラブからも出来るだけ多くの人が参加されることを希望します。

 

 

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