阿蘇ロータリークラブ創立50周年に出席
2017年11月11日会場は阿蘇リゾートグランヴィリオホテル。式典会場からは阿蘇外輪山とゴルフ場の素晴らしい眺めでした。



会場は阿蘇リゾートグランヴィリオホテル。式典会場からは阿蘇外輪山とゴルフ場の素晴らしい眺めでした。



祇園は京都発祥で、天災地変による災難が鎮まってくれることを祈って始まったと考えられる。祇園祭りになったのは、天智天皇の頃、同盟国百済から琵琶湖付近に亡命した人達が持ち込んだと思われる。祇園の神は強い神牛頭天皇であるが、その後、スサノオの命と混同し今日に伝わっている。日田祇園の由来ははっきりしないが、豆田の他5ヵ所で始まったらしい。初めは高さ10mの堂々とした山鉾だったが、倒れて死者がでたことから高さ9mに制限された。大正期には4mまでなったが、現在は電線にひっかからない8mになっている。12月末にユネスコの世界遺産に登録された。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今週、11月11日は天領祭りです。皆さま、なぜ日田が天領と呼ばれているかご存知ですか? 今から、400年以前の16世紀終わりのことです。豊臣秀吉は、そのころ朝鮮征伐をしていました。日田地方は、豊後国を支配していた大友義統よしむね(大友宗麟の子)に治められていました。1592年(天正20年)、秀吉から朝鮮への出陣の命令が届きました。そして、朝鮮での戦では、大友義統軍はよく戦いました。 ところが、朝鮮軍に反撃にあって、1593年(文禄2年)1月2日、朝鮮軍は20万の大軍で、小西行長軍が占領していた平壌ピョンヤンを取り戻そうと寄せてきました。この反撃に小西郡は大友義統に援軍を求めてきました。しかし、義統は黒田長政の所に行き、留守にしていました。 残された家来は、最後まで誰も救いに行かず、退却してしまいました。この事を知って、秀吉は激しく怒りました。秀吉の怒りは収まらず、義統の領地全てを取り上げました。 日田は、秀吉が直接支配する「太閤蔵入地」になったのです。こうして、400年に渡り大友氏は領地を失い、ついに滅んでしまったのです。その後、江戸時代になり、三代将軍家光のころから、幕府の管轄地「天領」となったのです。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今日は国際ロータリーの話をします。国際ロータリーには、6つの奉仕があります。・平和と紛争防止・症病予防と治療・水と衛生・母子の健康・基本的教育と識字率向上・経済地域社会の発展 最後にロータリアン一人一人が奉仕を実践し、全てのロータリアンが同じ楽しみを共有できるロータリークラブを目指して行きましょう。
9月16日開催予定のロータリー財団セミナーが台風の上陸により中止になりました。 そこで今日はテーマを変更して、私の唯一の趣味のルアーフィッシングの話をしたいと思います。 小学生の頃、父親に連れられてハエ釣りをしたのが釣りの第一歩でした。それからしばらくは釣りの世界とは縁がなかったのですが、長男が小学生の時バス釣りが流行り、長男にせがまれて釣りに行く中で、自身もちょっとやってみようかと思い立ったのがルアーフィッシングの始まりでした。 そして釣りのために船舶免許も取得し、琵琶湖へも遠征しました。 その後、徐々に海のルアーフィッシングにシフトチェンジして、スズキ、ブリ、マグロ、ヒラマサ、アオリイカ、ヒラメなどいろんな釣りにチャレンジしている今日この頃です。これからもますますルアーフィッシングに邁進していきたいと思っています。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
10月20日(金)に、日田ロータリークラブ(諌山高之会長)・日田中央ロータリークラブ(園田匠会長)から、九州北部の豪雨によって被災された方々へ日田市を通じ「義援金」の贈呈を行いました。(支援頂いたロータリークラブ)※順不同・玖珠RC・水前寺RC・阿蘇RC・中津RC・喜多方RC・北海道RC・大分臨海RC・大分舞鶴インターアクトクラブ・国際RC2720地区・台湾3490地区土城RC 洪舜傑氏(義援金額):合計2,036,575円
日田RC(諌山高之 会長)と日田中央RC(園田 匠 会長)は、全国のロータリークラブから預かった義援金を日田市の配分委員会に寄託しました。

【支援いただいたロータリークラブ】
・玖珠ロータリークラブ・水前寺ロータリークラブ・阿蘇ロータリークラブ
・中津ロータリークラブ・大分舞鶴インターアクトクラブ
・喜多方ロータリークラブ・水海道ロータリークラブ・大分臨海ロータリークラブ
・台湾3490地区土城ロータリークラブ / 洪舜傑氏・国際ロータリー第2720地区
義援金合計金額 2,036,575円
台湾、嘉義から日田に来られました。遊船で懇親を深めました。





強炭酸水KUOSクオスの製造工場を見学しました。




公共イメージ委員長 藤川 和央


大阪のメディカ出版の社長兼子会社の保育社社長の長谷川さん から大分大学医学部付属病院長津村弘先生にお話があり、津村先 生が大分中央RCパストガバナー岡村泰岳さんに、そして日田RC佐竹享会友に話が届きました。日田RCではこの事業を社会奉仕活動 として取り組むこととしました。
その後、長谷川社長と佐竹会友が直接話をし、日田市役所のこど も未来室に相談しました。
そして、水害被害にあった小野保育園、夜明にこにこ保育園、月隈 保育園、朝日保育園、みのり保育園の5園と家族の被害のひどかっ た白毫保育園の全園児に1人1冊計440冊の寄贈となりました。
「ホイッキーとおうちえいごじゅく」という一人遊びで英語を学べ る定価8800円の絵本セットです。
10月10日午後1時30分より長谷川社長とスタッフ1名が日田に来られ、原田日田市長に贈呈いたしました。

日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
先日福岡へ映画を観に行きました。映画は60歳以上になると入場料が1100円になります。普通は1800円です。また夫婦割引では1人が50歳以上だと2人で2200円になります。キャナルシティの駐車場代が3時間タダになります。また。65歳以上になったら日本各地、北海道や東京が15000円になります。全日空や日本航空も同じです。これは昔のスカイメートと同じです。当日便があったら使えます。タメになる話でした。
九州北部豪雨 災害復旧について、日田市小野地区の復旧工事にあたった河津建設の河津会友が卓話しました。

・11月 1日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 白石会友
ロータリー財団卓話
・11月 8日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
外部卓話
・11月15日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
未定
・11月22日(水)午後6時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
3クラブ合同例会 夜間例会
・11月29日(水)休会
・10月 4日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 河津会友
「九州北部豪雨 災害復旧について」
・10月11日(水)午後6時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
観月夜間例会
・10月18日(水)午後0時30分 OTOGINO
職場例会
・10月25日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
米山月間 米山奨学生 金君卓話
宮崎出身で、日田に来て2年、来年退職になる。日田警察署長として勤務し、日々出来事があり、気の抜けない毎日です。 警察では実績を上げるのが第一で勤務に努めた。 中でも、九州北部豪雨では、事前に100名全員を集合させてボートその他の道具も前もって揃えて待機したが、想定以上の濁流に、ボートを出すことも、被災地に近づくこともできない場面もあった。一時署員が濁流に孤立する場面もあり、救助は困難を極めた。 平成24年の北部豪雨の災害と今年の豪雨の災害を比較すると、死者が増え、全壊戸数も52棟と2倍近くなった。人工林の地盤のもろさが原因で土砂崩れが多く発生し、さらに、流れた流木によるせき止めで水害が発生した。今後の災害発生予防のために考えなければならない課題である。 「警察の仕事」 テレビの刑事もので出てくる警察と現実の警察は大分違う。容疑者に予算オーバーのかつ丼なんて出さない。拳銃は持ち歩いているが一度も発砲したことはない。万が一、使用する場合を想定して、射撃訓練をするが、至近距離で撃っても拳銃では命中するのは難しい。要人の警護も重要な仕事で、ミスがあるとクビが飛ぶので緊張して遣っている。 平成29年の北部豪雨 <雨量>………1時間87.5ミリ(観測史上2位) 3時間186ミリ(観測史上最高) 1日370ミリ(観測史上最高) <死者・負傷者> 死者3名 ※夫婦2名が河川に転落、死亡 ※消防団員1名が土砂崩れ現場で活動中に土砂 崩れに巻き込まれ死亡 負傷者4名 ※2名土砂崩れに巻き込まれる 2名は道路で転落 <住宅被害> 全 壊 052棟 半 壊 069棟 一部損壊 21棟 床上浸水 428棟 床下浸水 937棟 <被害の特徴> ・河川の氾濫 H24.7北部豪雨の際に越水、決壊等が生じた箇所の周囲で、当時改良等を施していない箇所、河道が大きく湾曲している箇所、堤防の高さに左右に差が生じている箇所、、堤防が高く、水量が増すと、周囲の家よりも川の水面が高くなる箇所における浸水被害が多く発生した。 ・土砂の崩壊 保水力の弱い人工林(根が浅い、張っていない)の山々から木々が土砂とともに大量に崩落し、田んぼ、道路を覆った。道路が寸断されたことから多くの孤立集落が発生した。 今回の被害の多くが山間部で発生し、道路が寸断され、物資輸送はもとより、停電、固定電話が不通となるなど、日常生活に大きな影響が出た。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今日は日田市の話をします。日田市の人口は67,183人です。日田市の最高気温は平成25年8月20日39.4℃です。最低気温は昭和20年1月19日のマイナス10.8℃です。一番雪が降ったのは、昭和38年の1月19日です。積雪は39㎝でした。離婚は1日0.3組です。平均0.8組です。出生は1日平均1.4人です。死亡は1日平均2.6人です。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今年7月に、日田で大水害がありました。その前は、日田では1953年に大水害に会いました。今日はその話をします。1953年(昭和28年)6月25日から降り始め、6月29日まで降り続きました。この60年ぶりと言われる大雨は、日田、玖珠地方を中心に、県下各地に大きな被害をもたらしました。なかでも、日田地方では、25日午後6時ごろから三隈川の水が増え始め、26日午前2時には銭渕橋が流され、橋という橋は、三隈大橋だけを残して、全て流されてしまいました。ところが、流されず残った三隈大橋の橋脚に、玖珠川や大山川から流れてきた橋や家屋などがひっかかり、三隈川の流れをせき止めたため、濁流が市街地に流れ込みました。そのため、二百数十軒もの家が流され、千五百軒もの家が、水びたしになるなど被害が大きくなりました。この大水害での被害は、三隈川や花月川など市内のほとんどの地域におよびました。また、あまりにも激しい被害のために、その復旧に8年間の年月と、当時のお金で20億もの費用がかかりました。
雑誌委員の卓話でございます。 9月は「ロータリーの友月間」となっております。今日はロータリーの友の内容についてご説明したいと思います。 ロータリアンの3大義務というのがございます。「会費の納入」「例会への出席」「ロータリーの友の購読」です。友の購読も義務に入っております。面白おかしい雑誌にするのが目的で発行しているわけではございません。ただ、親しみやすい雑誌でなければ中々会員の皆様方が読まなくなる、その辺は友編集部も悩みのタネとなっております。 そこで今年度から、会員の皆様が投稿しやすい新コーナーを設けてより親しみやすい友にしようと努力致しております。雑誌の内容を2つに分けますと①国際ロータリーの活動②国内ロータリーの活動、になります。友を読むことにより、日本全国のクラブの活動を、世界各地のクラブの活動を知る事ができます。逆を言えば、友がないと自分の所属クラブ以外がどんな活動をしているのか知る事ができません。 そういうロータリアンのためだけに発行している雑誌ですので、ゴシップ的なものは排除している次第です。 忙しい会員の皆様は、ゆっくり友を読む時間がないかもしれませんが、目を通すことで日本中の、世界中のロータリーの活動に触れる事ができます。今日のこの友の紹介が少しでも縁となり、興味を持って頂けたら幸いでございます。 時間が余りましたので雑談を少々。 先日、鹿児島の錦江湾に「海での散骨」研修に行ってまいりました。鹿児島の葬儀社に依頼して、日程調整や船の手配、散骨用に遺骨を加工、色々大変ですが、資料欲しい方いらっしゃいましたらご用意しますので、私の方までお願いします。
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今日、7月に水害にあった小鹿田焼の話をします。1995年(平成7年)に国の重要無形文化財に指定を受けました。 この小鹿田焼は、1705年(宝永2年)大鶴村の黒木十兵衛、福岡小石原の陶土、柳瀬三右衛門を招いて、朝鮮系の登り窯を築いたのが始まりです。それ以来、小鹿田焼は日常生活で使う焼き物を作ってきました。小鹿田焼では、「一子相伝」といって、一軒の窯元が継ぐ事ができるのは、その家の一人の子どもだけです。親から子へ、子から孫へと受け継ぎながら10軒の窯元が一軒一軒、昔ながらの伝統を守ってきたのです。この小鹿田焼を初めて全国に紹介したのは柳宗悦です。1927年(昭和2年)に久留米の陶器屋で、小鹿田焼に出会って、昔ながらの製法で作られる小鹿田焼に感動しました。1954年(昭和29年)に、イギリスの世界的な陶芸家バーナード・リーチが訪れ、小鹿田焼の研究をしながら作品作りをしました。これによって、小鹿田焼の名は、全国に広がりました。 最後に、家のお墓の骨壷は小鹿田焼です。