次年度地区役員を委嘱
2014年03月19日2014年-2015年の地区役員として、佐竹会友が奉仕プロジェクト委員会の委員長、湯浅会友がインターアクト委員に委嘱されました。
「人吉市での地区大会報告」2014.03.19
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
3月15日と16日に人吉市で開催された「第2720地区・地区大会」に8名で行って参りました。
地区大会にはRI会長代理の台湾のフレデリック林さんがご婦人と出席され、全ての日程に熱心に参加されました。
林さんは「自分の父母は日本語を話していたが、戦後、日本語が禁止されたために私は日本語を喋れない。これは私にとって残念なことだ」と自己紹介され、全て英語で話されました。
しかし、二日目の武田恒㤗さんの講演を最前列で通訳なしでお聴きになっていたようです。家庭内ではご両親から日本語で教育されたようなことを話されていましたので、聞く方はある程度、お分かりになるのかなと思いました。
フレデリック林さんは、日本と台湾の特別な関係についても話されました。
一つの例として、次期RI会長であるゲイリー黄さんが、日本も含めた第4ゾーンで、何かの重要な役職に立候補したときに、日本からの候補者が全て立候補を取り下げ、黄さんの当選に協力してくれたことがあったということを紹介されました。
林さんは体格も風貌も立派で、誠実で有能な方でした。台湾の一流の方とお会いすると感じることですが、台湾人の明るさや優しさと礼儀正しさに加えて、アメリカや中国との経済交流で国際感覚があると思います。日本人も頑張らなければいけません。
祝賀会は広い体育館でありました。千人を超える人数を収容できる会場が無かったのでしょう。
祝賀会場では、福岡県のパストガバナーの大島さんが、わざわざ私を探してこられました。日台ロータリー親善会議に関する私の1月29日の会長卓話を読まれたらしく、びっくりしました。当日、大島さんもロータリー日台親善会議の会場におられて壇上にも上がられたそうです。会長卓話はインターネットに出しているので、迂闊なものは出せないなと改めて思いました。
二日目の朝8時から行われた会長・幹事・ガバナー補佐会議のR財団報告書の中で、木村財団部門長が「日田RCの国外プロジェクトは実施国が経済制裁国ミャンマーの為『米国財務省資産管理局審査チェックリスト』で再審査後、承認となりました。再審査に根気よく対応、努力された日田RCに称賛の言葉を申し上げたい」書いて下さったことを嬉しく思います。
9時から本会議が再開され、講演会の前の各クラブの周年行事の紹介では、日田クラブは中西会友が作ってくれた2分半の日田の紹介ビデオを使って50周年の案内をしました。
夕暮れ時の遊船を見せて、この船上で祝賀会をやりますと言ったら、会場から「オー」という声が上がりました。多くの方の登録を期待したいと思います。
その後の武田恒㤗さんの講演は、笑いあり、考えさせられることありの息もつかせぬ熱演で時間をオーバーするほどでした。
一般市民を含めた聴衆が武田さんのお話に同感したのだと思いますが、講演後の本の販売では黒山の人だかりの大混雑で、売り切れの本も出ました。
武田さんは冗談で「最近、私はジャパネット・タケタと言われる」と言っていましたが、著書やDVDのセールストークはとてもお上手で、明治天皇の玄孫とは思えないほどです。
武田さんは、戦後、失われた日本を取り戻すためには、日本神話と歴史を学ぶべきとおっしゃっていました。私も武田さんの「現代語古事記」他をアマゾンで注文しました。
最後のRI会長代理の大会所感で、フレデリック林さんはRI会長に提出する地区大会の報告書の評価点はエクセレントとしますと発表し、赤山ガバナーはとても感動していました。
日田よりも小さい人吉で開催された地区大会を、赤山ガバナーを初めホスト及びコ・ホストクラブの皆様が見事にやり遂げられたことに敬意を表します。1164名のロータリアンが参加した素晴らしい大会でした。
ロン・バートンRI会長のテーマは「ENGAGE ROTARY CHANGE LIVES (ロータリーを実践し、みんなに豊かな人生を)」ですが、地区大会や、いろいろな行事に参加することによって、素晴らしい方たちと会うことが出来ます。特に新しい会員は出来るだけ参加してほしいと思います。
国際ロータリー第2720地区、2013-2014年度の地区大会が熊本県人吉市で開かれ、日田クラブから8名が参加しました。
日程は2014年3月15日(土)16日(日)の2日間、人吉市カルチャーパレスと隣接のスポーツパレスでありました。
大会テーマは、「挑戦!未来の夢!」良き友を得てロータリーを学び奉仕を実践しよう!。一日目、赤山武興ガバナー(人吉中央ロータリークラブ)の点鐘で始まり、RI会長代理の フレデリック・リン氏のアドレス、各報告、心に残るロータリー体験発表などがされました。懇親会で終了し、二日目は、各報告、表彰など、各クラブからのお知らせでは、日田クラブも50周年式典への登録を呼びかけました。
明治天皇の玄孫である竹田恒泰氏が、「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」をテーマに記念講演されました。
「東北大震災から三年」2014.03.12
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
三年前の昨日、東北地方で大地震と大津波が起きました。テレビで津波の映像を見ると、当時のことをまざまざと思い出します。
まだ行方不明の方が大勢いらっしゃいますが、あの津波で二万人近い方たちが犠牲になりました。
まだ、復興は進んでいませんが、災害を乗り越えて、新しい東北が生まれることを願います。
ところで、数日前にテレビを見ていましたら、陸前高田市の市長が「超法規で復興を進めて欲しい」といっていました。
例えば、陸前高田市では、山を削って新しい住宅地を作り、その土を利用して元の市街地をかさ上げする計画があるようですが、津波に襲われた市街地では、その土地の権利者の中には見つからない人がいるのだそうです。まして、共有地となると、その相続人の所在は把握するのは非常に困難なようです。
この市街地については、国土交通省からもし土地の所有者分からなくても事業を進めるようにという通知が出ているようですが、陸前高田市市長は「もし、首都圏で直下型の大地震が起きたらどうするのだ。今回の大震災の例を後のために活かすべきだ」といっておりましたが、その通りだと思います。
法律的には、いろいろ問題はあるかもしれませんが、平時とは別に、災害を含めて非常の際の法を整備すべきだと思います。
・4月 2日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 雑誌月間 井上太香美会友
・4月 9日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
ミャンマー報告会 橋本会長
・4月15日(火)午後6時30分 日田市の
2クラブ合同例会
夜間花見例会 中野川沿い 本町第一公園
・4月16日(水)
休会
・4月23日(水)
休会
・4月30日(水)午後0時30分 日田自動車学校
職場例会
みなさんこんにちは。このような会にお招き頂き大変ありがとうございます。本日はボランティア活動を行った現地の報告をしたいと思います。お手元に資料がございますが3月11日にこれまでになかった大規模の地震をテレビのニュースで見て、これは何かをしなければいけないと人を募ったところ、ここにおられる河津社長も10名の社員を派遣して頂いて、合計25名で5月に石巻に入りました。
具体的な活動としては石巻に入って、牡鹿半島でまず漁師さんのお手伝いでした。ワカメの収穫作業。仙台市、名取市にも行きまして農家のお手伝いをしました。地震の発生当時の閖上小学校の時計を見ましたが、その時のまま今でも止まっております。地震の影響かコンクリートがいっぺんに砕け散ってしまったようなところが随所に見られましたが、そのままの状態になっております。津波に襲われた被災者のお世話をしたのですが、津波は少しづつ来るのではなく、ビルみたいな壁が一気に押 し寄せてくる、本当に逃げようもない、恐ろしい波が来るのだそうです。津波で火事が起きましたが、そのほとんどがガスボンベが原因だそうです。地震が起こって、ボンベを閉め忘れて火災が発生するとい うことであります。
津波の前と後ではいっぺんに変わっていました。現在でも瓦礫の山になっています。全く復興ということは目にみえません。家の土台と生い茂っている雑草だけです。津波で両親が亡くなったり、今だに行方不明者を探している震災孤児がいます。身よりも何もない、両親が亡くなって、おばあちゃんもなくなって、ほとんどの人が心に傷を持っています。着の身着のままで43万人が学校や公民館などに避難しました。
私たちが入った石巻市でも、2000人から2300 人、廊下も教室も武道場も、足の踏み場もないほどでした。一番困るのがトイレだそうです。トイレに行こうにもそこでそのまま垂れ流す状況で、避難所の中が異様な臭いの状況 だったと言います。行方不明の人の捜索の紙を随所に貼っていました。私たちはこの状況の中支援をいたしました。これは武道場の様子です。ダンボールで一世帯ごとに仕切りはしていません。むしろない方が病気になっている人が声がかけられて、コミュニケーションも取れるといって、この場所に関しては統制が取れており、私たちも非常に入りやすい状況でした。
食事は毎日これが来ます(菓子パンと牛乳のみの配給)。冷たいまま これを食べさせられる。避難所の晩飯(コンビニおにぎりなど)。8カ月間、避難所にいる方はあったかい物は何も食べてないです。これを食べて避難所におらなければいけません。 避難所では、誰に言われるともなく上級生が下級生に勉強をやっておりました。小学校一年生が始めましたが壁新聞を発行しました。 壁新聞なんでですが、模造紙一枚なんですが、大人たちよりも子供の方が元気でした。これは石巻市の泥だしの様子です。使えそうなお家では泥を出そうということで、農家のイチゴハウスのヘドロを出しているところです。手でヘドロを出しましたけれども、ここを含めてこの前行ったときにはまだなんにも復興されてありませんでした。夏に行った時には氷を作って振舞おうということですが、避難所でかき氷を振舞いました。ここにおられるのは河津建設の方々だと思いますが、炊き出しをしております。こういうものでしか、温かいものを食べることはできません。これが現状なのです。後ろの方に瓦礫が積まれているところですが、おんなじところですが、震災直後、1年後、去年、山がなくなって、更地、荒地が残っているところです。これは被災当時ですが、まだ具体的な計画が何もできていません。復興のシンポジウムができていません。区画整理ができていません。そういう計画ができないわけですが、何も具体的になっていない。
私たちのチームが泥だしをした家庭ですが、その方は69歳の蕎麦屋さんなんですが不幸にもなくなりました。いつどこに転居すればいいのかがわからない不安からということです。家が残っている人流された人、石巻だけでも2000世帯あります。プレハブの長屋です。会話も筒抜けです。人数が 多いところも狭い六畳です。現地の方の心の不安は計り知れません。これは私たちが手伝っていた被災地に行ってボランティアがしたいということで、子供たちを石巻に連れて行きました。泥だしをやっていた家が撤去されているものですから、さまざまなお手伝いをしました。これはホヤの養殖作業です。去年の12月に行った時には大山の河津実幸ちゃんもいきました。筋ジストロフィーということで、特殊なマウスで絵など作品を作るのですが、その売り上げの益金を全部ボランティ アにつぎ込んでいます。前津江小学校のクリスマスプレゼントを現地に届けて欲しいということでやっています。大明中学校では募金活動をやってくれました。それでプレゼントを買って現地に持って行きます。去年の12月にクリスマスプレゼントを持っていました。1泊2日で、さっき行った仮設住宅を一軒一軒回って私たちが配って行ったのですが、現地の方 が涙を流して、本当にありがとうと言ってくれる人が多かったです。プレゼントをもらって喜んで行っている人が多いです。
これは日田の災害の状況です。丸山町です。大山です。大山の綿打(わたうち)は、大山ダムがあってそこにある川はいつもは氾濫しないところなんですが、その反対側の川が氾濫いたしました。高いところまで泥だしをしている姿です。延べで122日働いたところです。モニュメントができていますが、ここではこのぐらいの高さの津波が来ま したということです。まだまだほとんどの地域で、復興というのは見えません。いつになるんだろうというのが、今仮設住宅に住まれている人の気持ちです。その人らはうつ病や不安から自殺に、子供達が疲れているところから、恐怖心が抜けきれないという言うことで、中学一年生は夜一人でトイレに行けない、そういう今、心に傷を負った人が多いので、これからもボランティア活動を続けていきたいと思います。
皆様のご協力ありがとうご ざいます。今日はどうもありがとうございました。
「童話の改変」2014.03.05
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
グリム童話に「シンデレラ」の話がありますが、最後の結末の部分をご存じですか。最後はこうなっています。
「白雪姫と王子の婚礼の場には、鉄の靴が炭火の上で焼いてあったのです。その靴が火バサミではさんで持って来られ、継母の前に置かれました。そこで、継母の妃は、否応なしに真っ赤に焼けた靴をはかされ、踊りに踊り続けさせられて、とうとう倒れて死んでしまいました」
昔話や童話のオリジナルは、西洋か日本かを問わず、結構、残酷な描写があります。
ところが、昨今の教育現場で教えられる昔話や童話ではこうした残酷描写が、カットされたり、内容が変えられたりすることが多いようです。
例えば、「『さるかに合戦』では、猿がカニを殺すシーンが残酷すぎるということで、猿が謝ってカニと和解する話に変えて話しています」(小学校教員)
「学芸会の『花咲か爺さん』では、誰も悪者の役をやらなくても済むように、悪いお爺さんの役をなくし、犬も殺されない話にしました」(小学校教員)
「発表会で『浦島太郎』をやることになりましたが、乙姫様の家来役のお母さんから『女性同士で優劣があるように見えると子供が傷つくのではないか』という意見が出て、家来の役をなくして乙姫様を十人にしました」(保育士)等々です。
昔話や童話は「世の中には、性悪な奴がいるから騙されないように気をつけなさい」という話が多いと思います。そして、悪いことをした性悪な奴は最後には残酷な罰があります。そうすることによって、子供たちに効果的にその意図するところを伝えたのだと思います。
それを、世の中はみんな良い人ばかりだとか、みんな仲良く暮らしましたというハッピーエンドで終わらせてしまうのは、果たして如何なものだろうかと思います。
ところで、ウクライナのクリミヤ半島に国籍や所属部隊不明の軍隊がスッと入って来ました。ロシアの軍隊です。
他国の領土に外国の軍隊が侵入して来るのを目の当たりにすると、十九世紀的な帝国主義が、今でも在り得ることだと実感します。
現実的な抑止力がなければ、むしろ帝国主義的行動を誘発することさえもありうると思います。
厳しい国際社会で生きぬいていくには「みんな仲良く暮らしました」とは対極のリアリズムを教えることも必要だと思います。
・3月 5日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
外部卓話 震災復興卓話 日本緊急援助隊チーム大分 ひた旅行センター 梅山忠信さん
・3月12日(水)午後6時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
創立記念例会(夜間例会)会員卓話
・3月19日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
地区大会報告
・3月26日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 ネパール歯科医療協力活動に参加して 澤熊正明会友
「浅田真央は世界に感動を与えた」2012.2.26
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
ソチ五輪のフギュアスケートで、浅田真央選手はSPでトリプルアクセルに失敗,予想もしなかった十六位となりメダルが絶望的となりました。
しかし、翌日のフリーでは見違える最高のスケーティングを披露して、世界中の人々に感動を与えました。
ロシアのプルシェンコは「真央は本当に素晴らしかった。特にトリプルアクセルはよかった。君は真のファイターだ」とツイート。米国のミシェル・クワンも「真央の姿に涙した。一生忘れない演技だった」と称賛しました。
ロシアフィギュアスケート界の重鎮で浅田選手の元コーチ、タチアナ・タラソワさんは、大粒の涙を流し始め「ありがとう」を何度も連発、「辛くて私も見てられないわ」「これほど素晴らしい演技はなかった。彼女は自分に打ち勝った」と述べました。
中国版ツイッター「微博」でも、競技が終わった直後から
「人の息を止めさせるほどの素晴らしい演技。金メダルは獲得できなかったが、すべての人の尊敬を得た」「失敗しても立ち上がった。あなたは氷上の女王だ」「浅田真央の演技で涙が止まらなかった。努力する人は永遠に美しい」などと続々と多くの称賛を集めました。
浅田真央選手の、ひたむきで真面目な人柄は、世界中の誰が見ても分かるようです。
重圧に打ち勝ち金メダルを獲ることは勿論すばらしいことですが、メダルが絶望となった後に、今までの努力の集大成である最高の演技が出来たことに、元メダリストたちまでもが涙するほどに感動したのではないでしょうか。
そのような浅田選手に、ロシア人は粋なはからいをしてくれました。
閉会式で演奏されたのは浅田真央が圧巻の滑りを披露したフリーの使用曲、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」でした。
帰国後のインタビューでは、フリーの演技終の後に涙を流したことを聞かれて「前日のSPで自分の気持ちもどん底に落ち込んでいたので、フリーは不安や恐怖心があった。それを乗り越えての最高の出来だったのでホッとして、うれしさのあまり、最高の気持ちになった。」と答えました。
強い気持ちの源はとの問いに は「いろんな経験をしてきた。コーチや支えてくれた人の言葉や『できる』と思ってやったことが、自分の気持ちを復活させられた理由だと思う」と答えました。
真央ちゃんが世界に与えた感動は、金メダル以上のものだったと思います。
新入会員のお二人に卓話をしていただきました。
特別養護老人ホーム日田園で働いております宮崎と申します。今日はこういう機会を与えていただいてありがとうございます。まず最初にどうしてこの仕事をしているかといいますと、私の父が法人の理事長で、母が施設長をしております、というとそれでお終いになってしまいますが、それには二つのきっかけがあります。
もともとは祖父が天瀬で製材業をしておりまして兄弟が3人いたんですが、その3人でダンボール会社を発足するなど、いろいろやっておったんですが、晩年60を過ぎてから病気がちで入退院を繰り返していたんです。閉じこもりがちってわけではないのですが、日田市の保健婦さんがそんなところに尋ねてきて、リハビリをするところがあるから行ってみらんか?という話をしたみたいです。それが中ノ島園であったことはだいぶ後に聞いたのですが、それで非常に活き活きととしてよかったというのが一つあります。もう一つのきっかけでありますが、私が小学校5年のときに妹がなくなりました。九電の水路がありまして、そこに自転車で落ちたらしく、その時に父と母が立ち直れなかったというか非常に悲しんで、たくさんの皆さんにご支援いただいて、何か社会貢献ができないか、子供に携わることができないかということで社会福祉事業ができないかということになりました。社会福祉法人というのは当時認可を取るのもなかなか難しく、思い立って20年ぐらい足ってやっと取れたということを聞いております。その間に祖父は74歳でなくなりまして、父の方が意思をついで平成元年に養護老人ホームとデイサービスセンターをやって現在に至っております。
平成12年までは国の方や市が介護が必要で生活できない方に責任を持ってやっておりましたが、介護保険になりまして、今ではいろいろなサービスを選択できるということで続けさせていただいてるわけであります。皆様方もご存知のように高齢社会の中で社会保障費が高騰する中で、今後私たちのところで取り組んでいくことでありますけれども、私が今思っているのは今でも施設に重きをおいてやっておりますけれど、日田市としても保険料が上がる関係上、施設をこれ以上増やすことができないので、在宅の中でどれだけみれるかということで、24時間介護を続ける努力を続けていかなければならないな、ということです。私どもの嘱託医は宮崎先生で、何かあったときにはすぐ来ていただけるとか、そういう体制を整えていかなければいけません。また施設のキャパが決まっておりますので、それについては今みなきゃいけないという人はみて、家でなんとかみれる状態になったときには、家に帰して、園は家族と伴走をしながら、何とか家で見てもらって、何かあったらいけるってことをしたいと思っていました。
後もうひとつは介護人材の問題です。なかなか若い人がいなくなっている現状で、今うちのほうで生涯現役ということで若い人はいろいろ勉強している中で、高齢の60歳を超えた方に介護教室をしている中で、地域の中でボランティアをできるように、そういう風な形で地域の地区社会協議会の中で、地域の公民館で、お茶飲み会をやったりボランティアで配食のお弁当を持っていくということで、今後も地域の中で支えれるようにがんばっているところであります。
私はそう大して能力があるわけではないんですが、私がやらねばいかん、と勝手に思っているところがありまして、いつも空回りするんですが、せっかくロータリーに入ったのでいろいろご指導いただければといろいろ思っております。よろしくお願いします。
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「日本の対外広報」2014.02.19
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
台湾など海外に行きますと、ホテルのテレビチャネルには色々な国と言語のものが沢山あります。日本の番組で見られるのはNHKのBSくらいでしょうか。大河ドラマなどを日本語でやっています。
それを特別不思議にも思っていませんでした。
ところが、先日、国会で日本の対外広報予算について議論がありました。日本の対比として中国の例が引用されましたが、彼らがどのくらいの予算を使っているかというと、実に年間一兆円です。
日本の防衛予算が四兆八千億ですから、約五分の一の金額です。対外広報をいかに戦略的に捉えているかが分かります。
具体的には、中国の国営放送である中国中央テレビ(CCTV)の国際放送は二十四のチャンネルを持ち、六つの国連公用語で中国の主張を世界に向けて発信しているそうです。
二〇一二年に米国で開設されたCCTVアメリカは、キャスターに元CBSキャスターの白人女性を起用して中国色を薄めて米国社会に浸透しています。
ちなみに、日本政府は、十四年度予算案で国際広報費を民主党政権時代に比べて五倍以上に増やしましたが、それでも僅か十八億円に過ぎません。一兆円と十八億円です。
日本人は昔から情報戦、特にメディア戦略が不得意です。
一つには、日本人には「真実は言わなくてもいずれ明らかになる」「あえて言い訳しない」「嘘をついてはいけない」「人の悪口を言いふらさない」というような文化的風土があります。
日本人同士なら素晴らしいことですが、世界では一般的ではないと思います。
彼の国では、夫婦喧嘩も道路に飛び出し近所の人の前で相手を罵り合います。事実よりも周りの人を取り込んだ方が勝ちなのです。外国ではとにかく主張しなければ自分の存在する空間はないのが普通ではないかと思います。
もう一つは、まだまだ世界は欧米の価値観で動いています。欧米を味方に取り込むことが国の命運に大きく影響する。戦前の経験からも、中国人はそれを良く分かっていると思います。
如何に西欧社会が納得する論理を立てられるかの戦略思考が日本人は得意ではないと思います。
日本の若者は内向きになっていると言われますが、どんどん海外に留学して、明治時代の人たちのように、特に欧米流の考え方や感じ方を理解してきて、国際社会で自己主張してほしいと思います。
グローバル化のなかの真の国際化とは、戦略思考できる日本になることではないかと思います。
大分ヒートデビルズの選手とスタッフの方々が来訪されました。
試合のスケジュールはコチラから
日田市では、2月28日(金)18時30分〜、3月1日(土)14時〜
日田市総合体育館で、ライジング福岡との試合があります。
「雪見例会」2014.02.12
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
日田では中心部には雪は積もりませんでしたが、日本列島は各地で大雪のようです。
一月の新年例会がスケジュールの都合で開けませんでしたので、今日はそれを兼ねての雪見夜間例会です。
さて、今、ロシアのソチでは冬季オリンピックが開催されていますが、若い十代の日本選手の活躍が目立ちます。あまり緊張しているようにも見えず、インタビューの受け答えもしっかりしています。テレビや新聞報道によると、小さい時から練習場の送り迎えに五時間かけたとか、親や周囲のサポートには大変なものがあったようです。
我が身を振り返って、どれだけ自分の子供の教育などに手を掛けたかと考えると、大したことはしていないなと反省します。オリンピックで活躍している若い選手やローザンヌで優勝した高校生バレーダンサーを観ると、やはり手間ひま掛けただけ子は育つのかなとも思います。若い会員の人は今からでも間に合いますので、子供に手間暇かけて下さい。
今晩は今年初めての夜間例会ですので、会員間の親睦を深めていただきたいと思います。
「マキャベリの語録から」2014.02.05
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
インターネットの「国際ニュース早読み」というメールマガジンに、マキャベリの語録を引用した記事がありました。なるほどと思ったのでご紹介します。
マキャベリは今から500年ほど前の、イタリア・ルネサンス期の政治思想家でフィレンツェ共和国の外交官でもありました。著書に『君主論』『戦術論』などがあり、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであるという現実主義的な政治理論を創始した人です。
さて、以下、記事を読んでみます。日本を取り巻く状況を想定してください。
「マキアヴェッリ語録」の中には以下のようなことが書かれています。
1 指導者が心していなければならないことの一つは、「よほどの切迫した情況にでもならない限り、自分より強力な者と組んで、第三者に対して攻撃を仕掛けてはならない」という事である。
なぜなら、たとえ、それによって勝利を収めても、あなたは自分よりは強力なパートナーの捕らわれ人になってしまうからだ。
2 ある人物が賢明で思慮に富む人物である事を実証する材料の一つは、たとえ言葉だけであっても他者を「脅迫」したり「侮蔑(ぶべつ)」したりしないことであると言ってよい。
なぜなら、この二つの行為とも、相手に害(打撃)を与えるのに何の役にも立たないからである。
更に「脅迫」は、相手の用心を目覚めさせるだけだし、「侮蔑」はこれまで以上の敵意をかき立たせるだけである。その結果、相手はそれまでは考えもしなかった強い執念をもって、あなたを破滅させようと決意するに違いない。
3 次の二つの事は、絶対に軽視してはならない。
第一は、「忍耐」と「寛容」をもってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと思ってはならない。第二は、「報酬」や「援助」を与えれば、敵対関係すらも好転させうると、思ってはいけない。
マキャベリズムといえば、権謀術数といった悪い意味で使われることがありますが、人間や現実に対する透徹した洞察力は現代でも十分に通用するものだと思います。マキャベリは五百年も前にアジアの国々に忠告してくれていたようです。
やはり、長く読み継がれてきた古典にはそれだけの価値があると思います。早速、作家の塩野七生さんの「マキアヴェッリ語録」をアマゾンで取り寄せました。
原田市長卓話
皆様こんにちは。先ほどから例会を拝見させていただき、大変和やかな会だなと思っております。短い時間ですが将来と、昨年あったことの報告も含めお話させていただきます。昨年最重要課題として取り組んだことは災害からの復旧復興です。工事業者の皆さん方には、随分と無理して徹夜の仕事をいれて頂きました。現在の災害復旧の状況でありますけれども、多くの箇所で復旧作業が進みましたが、まだ完全に修復されるまでに向こう3年ほどかかるのではないかと思います。市内の方には引き続きご迷惑をかけます。橋梁河川つきましても昨年は大きな水害が出たというわけではありませんでしたが、まだ復旧が終わってないところがたくさんあるということでありまして、5月の作付けまでに間に合わないところが4、50箇所残るだろうということであります。年内には終わらせるということで資材が不足している中努力しているところであります。
そのような一昨年の災害を受けて、地域防災士を作っていくということで取り組んでおります。既に190数名の方が防災士の資格を既に取っていただいておりますし、地域防災の基盤を作って行こうとしているところであります。一人一人の防災士ができることはそれほど多くないかも知れませんが、連絡を取り合いながらがんばって行きたいということであります。地域の防災に対して自立的な支援が行われると思います。以上昨年重要課題として取り組んできたことであります。工事終了に向 けて取り組んで行こうかなと思っておりますが、関係の方々にご迷惑をかけておりますので引き続きご努力いただきたいと思っております。
昨年の流れの中で一つ大きな話がありまして、土地開発公社の解散ということに昨年一年をかけてなりました。つまりウッドコンビナートの解散になります。実際に開発公社が土地を持ったままあの事業を進めて行くと債務超過になるという状況になるでした。国が持っている第三セ クター債というのが本年度までの期限で、24億円ほどの債務を引き受けていただいた、ということになります。結果から申しますと日田市の方としてはあの時がギリギリの判断だったかなと思っております。塩漬けであった土地を解散に持って行ったのですが、今は全土地に対して問い合わせが来ている状況になっています。来年に向けて事業所を判断しながら全てに雇用が出るような状況に進めて行きたいということです。ウッドコンビナートを解散して行く中で、林業の再生をどのようにしなければいけないかを考えて行きました。林業の再生なくしてこの国の再生はなということをこの前の会合で農林水産大臣、林野庁長官との間で話を勧めさせていただきました。山だけの話ではなく出口はどうするか、日田のモデルとしてどうするんだ、という動きがそのあと出てきました。ウッドコンビナートをグリーンポリス構想の中で進めてきましたが、日田の基幹産業であります、林業木工業で利用していただくのが良いと考えていました。我々も勉強をさせていただく中で、一つ乾燥材というものを出して行くことが必要だろうと考えていましたところ、乾燥材を中心として動かして行こうという流れができまして、この日田がしっかりとしたブランドとして作り上げていければと思っています。今後東北の復興が始まって行くこと、五輪・パラリンピックで開催されて行くということでなんとかして復旧の役に立つような場所として、日本の中で認められるようになればと思っています。新しい林業作りに取り組んでいくとともに基幹産業であります農業の振興も測っていかなければと思っています。先月の12月議会の時に採択した議案を持ってきたという ことがありましたがきっぱりお断りしている事案があります。一時しのぎのお金を出さない、ということで相当揉めまして、かなりお叱りを受けたところでありますが、ご理解をいただけてると思うわけであります。生産者から加工者まで含めて、農業の中にも新しいビジョンを作って行こうというような話を、近々のうちに話をしていこうということで、農業と林業の再興を進めて行く課題になっております。
長年の願いでありました中津日田の高規格道路であります。やっと県の方も重い腰を上げていただきまして、調査費をつけていただきまして、これでやっと前に進むということであります。路線予定図の作成、地元説明会をやっと始めさせていただいてる状況であります。事業化されるまでいま少し時間がかかるのでありますが、来年に事業決定があり まして、事業開始という状況に持っていければというのが今年のテーマになろうと思います。当面の間無料で使えます。事実上高速道路なので、東九州自動 車道までの時間が早くなるということでありますので、大事なインフラになろうと思います。六次化された産業の中で、流通の仕組みが商品単価の中でお金というものに換算されますので、新しい日田を支えるインフラとして考えて行きたいということです。2月の23日の日曜日に朝10時位から高規格道路の会議があります。新聞紙上などで告知いたしますが、中津日田フォーラムインひた、ということでパトリアの方で開催いたします。これができれば随分今後の経済のあり方、観光のあり方、も変わろうかと思っております。観光の面につきましても、北九州からの流入を利用しようと思っております。京都市長とお話したときに、世界から洋上クルーズに乗ってきてる方たちを取り込む新しい産業を作ったらどうだろう、とおっしゃってましたがまさにその通りだ な、と思っております。中津港について世界に誇れる阿蘇まで進む中で、通過点であっても、観光地の基盤を作っていかなければならないと思っています。環周防灘経済圏の中で北九州空港の24時間化、関税特区の要望を出しているところであります。農産加工品の航空での輸送を考えると、アジアまでドアツードアで12時間から13時間で高品質の商品が並 ぶということであります。我々にとってはこの運動を進めて行きたいと考えているところであります。経済的な話はここまでになります。
最後に自治基本条例のお話をしたいと思います。たくさん皆さん方にパブリックコメントをいただきたいと思っています。なかなか中身がわかっていただけないので、自治基本条例を持って今までの多くの地域周りをしていますけれども、ざっくり申し上げますとこれまでお任せ民主主義の中ではなく、自立した地域づくりを行うために、市民の責任、議会の責任、市長の責任を確かめ、それを元に条例を作り上げたいと思っています。具体的なテーマを掲げながら、これから数年かけて我々市民の誇りになる条例に仕上げて行きたいと思っています。ぜひそういう機会がありましたら、ご協力をいただきたいということで、簡単ですけれども話を終わらせていただきたいと思います。本日はありがとうございました。
「日台ロータリー親善会議に参加して」2014.01.29
日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎
一月二十五日(日)に台北の圓山大飯店で開催された第四回目の「台日国際扶輪親善会議」と「日台ロータリー親善会議」の合同例会に、田嶋副会長・小ヶ内幹事と一ノ宮PPの四名で参加して来ました。
参加者は主催者が当初予想した600名を大きく上回る770名になったそうで、円卓の間をやっと人が通れるくらいの盛会ぶりでした。日本からの参加希望者が多かったために、台湾側の人数は制限したといっていました。
この会議に参加するのは初めてですが、盛会ぶりから改めて日台の絆の強さを確認することが出来ました。
この会は、当初、日韓親善会議のお手伝いをしていた前川正一さんたちが、日台の方がむしろ大切なのではないか考え、「台日国際扶輪親善会議」初代会長の林士珍さんや次期RI会長になるゲイリー黄さんたち台湾側と相談して、2008年に発足したものだそうです。
第一回は東京で、第二回は台中の日月潭、第三回は京都で開催されました。
2009年の台湾南部災害の際は、「日台ロータリー親善会議」から「台日国際扶輪親善会議」に義捐金を贈ったそうですが、2011年の東日本大震災の際には「台日国際扶輪親善会議」を通じて1億4千万円余、全台湾ロータリアンの合計では6億1千万円余の義捐金が日本のロータリークラブに贈られました。
この義捐金の一部は現在「ロータリー希望の風奨学金」にも活用されています。
この奨学金は、大震災で両親もしくは片親を失った1750名の遺児のうち、大学や専門学校で学ぶことを断念した人たちに、卒業するまでの生活費として毎月5万円を支給し返済を求めないものす。
現在、遺児奨学生は140名を超えていますが、震災当時生まれた遺児が大学を卒業する二〇年先まで継続出来るそうです。
記念講演では2014-15年度国際ロータリー会長の黄其光(ゲイリー・ホアン)さんが、サンディエゴでのスピーチをDVDで紹介しながら講演しました。
黄さんはスピーチの上手な明るい人で、次年度RIの標語は「Light Up Rotary」です。これは孔子の「暗さを呪うより、ろうそくに火を灯した方がいい」から採ったそうです。「ロータリアンは孔子の教えを実践し、一つ一つのろうそくに火を灯します。120万人のロータリアンが一つずつ火を灯せば世の中は明るくなります」と話していました。
なお、「台日国際扶輪親善会議」初代会長の林士珍さんがおっしゃっていましたが、台湾のロータリークラブは約80年前に米山梅吉翁が台北ロータリークラブを創設したのが始まりだそうです。全台湾人が尊敬する烏山頭ダムで有名な八田與一さんも昭和7年に台北クラブに入会されたロータリアンだそうです。
この日台親善の強き絆である烏山頭ダムに、林士珍さんは4年前から「桜」植樹計画を呼び掛けられ、現在では日本の苗と台湾の苗を掛け合わせた3~400本の桜が元気に育っているそうです。
日田ロータリークラブが嘉義玉山扶輪社を通じて寄付したのもこの植樹計画の一環です。
なお、次回の「日台ロータリー親善会議」は八田與一翁の故郷である金沢で開催されるそうです。
以上、報告でした。
日田市介護支援専門員協議会の代表幹事である、赤坂由美子さんの卓話です。
日田市介護支援専門員協議会 代表幹事 赤坂由美子さん
こんにちは。日田市介護支援専門協議会の代表幹事をしております赤坂と申します。普段、私は在宅のケアマネージャーとして利用者さんやご家族の支援を行っております。今日は宮崎先生から日田市の現状や介護についてのお話をしてくださいということで、いとも簡単に引き受けてしまったのですが、いまここに着いて心臓がバクバクしております。木下先生もおりますし安定剤が欲しいところです。今日は第一線でご活躍の皆様の前で大した話はできないかと思いますが、よろしくお願いします。
市役所から日田市の現況についての資料を頂いてきましたのでご参照ください。日田市も高齢化率が上がっておりまして30%を超えております。平成42年には2.5人に1人は高齢者といわれています。皆様の手元にはありませんので口頭で説明しますが、平成23年日田市には全体で26673世帯ございます。そのうち65歳以上の高齢者のいる世帯は14351世帯で、全世帯数の優に半分を超えています。そのうち65歳以上の方の独居世帯は3620世帯です。独居世帯は介護を担う家族がいないということで問題になっています。
介護保険の浸透と共に最近では介護給付も大きくなっております。ご存知のように介護保険は50%が公費でまかなわれています。そのうち25%は国、12.5%ずつが県と市町村が負担しています。残りの半分については40歳からの第2号被保険者の介護保険料が29%、残りの21%が65歳以上の第1号被保険者の介護保険料でまかなわれています。日田市のの介護給付の状況、年度推移でありますが、1日に換算すると1600万円が介護保険に使われているという状況です。高齢化と共に私たちの負担も大きくなっている状況であります。
介護保険で高齢者という言葉をよく使いますが、皆様方、高齢者はいくつからと思いますか?警察署では70歳以上が高齢者とされておりまして、運転免許の検査などがあると思います。介護保険制度では65歳以上75歳未満を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者としております。国連では60歳以上を高齢者80歳以上を後期高齢者としています。高齢者の年齢の定義はこのようにさまざまであります。高齢者を広辞苑で引きますと、年をとった人と実に簡単に書いています。皆様方も65歳の誕生日の月になりますと介護保険の被保険者証が送られてきて、それからは誰でも申請ができる第1号被保険者ということになっています。40歳から65歳未満の第2号被保険者はすでに介護保険料を納めていただいている方ですが、癌でありますとかリュウマチ、脳疾患などの定められている16の疾病に該当しないと介護申請ができないことになっております。
ここで少し私たちケアマネージャーの役割についてお話を聞いてください。介護保険の発足と共に私どもは介護支援専門協議会を立ち上げております。会員は現在140数名、医師や看護師、行政、保健所の方々、施設のケアマネはもちろん、介護福祉士など、たくさんの職種の方々から成り立っています。私たちは単に介護保険のサービスを提供するにとどまらず、利用者さんやご家族の相談援助を仕事と捉えております。毎月事例検討会や気づきの勉強会を行っております。昨年に引き続き3月には公開研修会を予定しております。昨年からはコーチング研修を取り組んでおり、日田市にはがんばっているケアマネージャーもたくさんおりますのでご承知くださいませ。
さて私たちケアマネージャーはデイサービス行きましょう、デイケアに行きましょう、と安易にいうのではなく、利用者さんが少しでも長く生きられるよう、自立に向かっていけるよう計画を立てます。自立という言葉をよく使いますが自立という言葉はとても難しいと思っております。自立にはたくさんの意味があります。身体的な自立、精神的な自立、経済的な自立があります。多くの方が最後まで自分で力で食事をしたい、下の世話で他人にお世話になりたくないと言います。これは身体的な自立です。これは自立の出発点であります。多くの人に人生の中で一番したいことは何ですか?と聞くと、人は自分のしたい事がわからない、人との違いはなんだろう、と自分に問いかけるそうです。これが精神的自立です。自立を自分自身と重ねて考えると、自分のことでも難しいのに、ケアマネージャーは他人の自立を目指して支援を始めますから、利用者さん、家族を通じていつも勉強をさせていただいています。以前宮崎先生とパトリアで在宅医療の中で、看取りについての勉強会を行いました。現在日田市在宅医療連携会議を立ち上げています。介護を担う家族がいない現状でも多職種の連携をとって在宅医療は充実しています。自宅で晩年を過ごせるようになるといいなと思っています。在宅医療をご利用いただいてる皆様はいつも「ぼろのおうちでも自宅で亡くなるのが一番いい」といわれます。日田市在宅医療支援センターを中心として、自宅でも病院と同じようなサービスを受けられるようにしたいと思います。医療設備が整った現在では病院で亡くなる方が多いですが、最後は住み慣れた自宅で過ごしたい、と聞くことが多いです。どちらがいいというわけではありませんが、選択肢の一つとして周知されるべきだと思います。また自分が介護や看取りが必要になったとき、ご家族に対してその意思をしっかり伝えている方が何人いるでしょうか。療養型の医療施設に入院されておられた姑の方ですが、お嫁さんから姑さんの言いつけどおり自宅で見たいんだけど、という相談を受けました。お嫁さんはおむつ交換もしたことがありませんでしたが、お母さんとのお約束を守られて、要介護5でしたが床ずれもなく、病院にいたときと変わらず、単語なんですけれども言葉も返せるほどに回復をしております。自分の気持ちを家族に伝えておくことは大切だと考えています。認知症になってからでは自分の考えを伝えることはできないと思います。元気なうちに話すことが大切だと思います。介護保険サービスを受けることを拒否する方もおりますが、私たちケアマネも安易にサービスを使うのではなく、会員一同、高いレベルのサービスを目指しています。
堅い話が多くなりましたので、日ごろ私が考えていることをお話させていただきます。この仕事を始めてから、これが国道なのかしら、と思うぐらいぜんぜん手入れがなっていない道を通ることがあります。私はこれまで野生の猪を見たことがありませんでした。しかし、野生の猪も最近は荒れた竹林を歩くよりもきれいな道路を歩きたいんだろうと思いましたが、昔はお年寄りが里山の手入れをしていました。今は高齢者はデイサービスやデイケアに行くようになっています。人間関係や、地域のつながりが薄れていることを感じています。姑の力は昔は強かったんですけれども、今は逆転してお嫁さんがショートステイに行きなさいといったらそのまま行かざるを得ない。自分の意思表示ができていないんですね。そういった方の心を追って、何がしたいのか、聞きだす必要がございます。今一度、家族の関係が見直されたらと思います。今日はたいした話ができませんでしたが、最後までご清聴ありがとうございました。
中津RC 創立60周年実行委員会
安藤 元博さん 中野 登さん 小倉 清司さん
3月22日開催の60周年記念についてPRに参りました。私(安藤)はずっとロータリークラブにおりまして4番目の高齢者になりますので、実行委員長を受けさせていただきました。日田クラブはご承知のように中津の子クラブとして50周年を迎えられたということでおめでとうございます。中津ロータリークラブの方でもまた50周年式典に登録させていただきます。
中津ロータリーでは60周年ということでいろいろな事業を計画しています。中津ロータリーを作った先人達の中に西鉄の社長の村上巧児先生がおりまして、中津と福岡と小倉に子供たちの心が豊かになる何かを作ろうということで、中津に村上記念館、福岡に香椎花園、小倉に到津遊園の3つの施設を作りました。チャリティーの音楽祭をしまして、その運営費を出そうということが一点。また中津クラブは会員が50名を切っておりました。還暦を機に会員を60名にしようということに取り組んでまいりました。やっと今57名なり、どうにか60名に増やそうというじゃないかということで取り組んでおります。
そういう風なロータリークラブの活動ができるというのも、中津からRI向笠廣次会長が、日本人2人目のRI会長として出たクラブであるということです。奇しくも昨年また日本から八潮ロータリークラブの田中作次さんという方が日本人として3番目のRI会長として出ました。それでパストRI会長を記念講演に呼ぼうということになりました。彼はなかなか忙しくて会長が済んでも世界中を飛び回っているというような状況でありまして、埼玉県の八潮市という秋葉原の近く、私たちはそこまで行って直接パスト会長にお会いして、正直なところ3月22日の確認が、昨日初めて取れました。30数年ぶりにRI会長が出たということですが、30数年前向笠会長が出たときの記念公園は、基金を出していただいた30数年そのままになっておりましたので、今回資金を頂いて素晴らしい公園に変わっております。現在ロータリーの心を洗い直しております。3月22日には記念式典もろもろありますので、ぜひ隣の中津までお見えいただければ幸いです。我々としては今流行のおもてなしというか、それ以上の、登録料以上の接待をするつもりですので、どうかよろしくお願いします。貴重な時間をありがとうございました。