新型コロナワクチン集団接種会場スタッフに水を寄贈
6月2日、井上会長、頓宮幹事、三笘社会奉仕委員長はアオーゼを訪れ、日田市に水とお茶(ペットボトル500ml)をそれぞれ500本、合計1,000本寄贈しました。
新型コロナワクチンの集団接種会場で働く医療従事者に水分補給をしてもらおうというもの。井上会長は「これから暑くなる中でのワクチン接種業務で、熱中症対策になればと思います。日頃から医療の最前線で働く方々に感謝の気持ちをを込めて贈ります」と目録を原田市長に手渡しました。
6月2日、井上会長、頓宮幹事、三笘社会奉仕委員長はアオーゼを訪れ、日田市に水とお茶(ペットボトル500ml)をそれぞれ500本、合計1,000本寄贈しました。
新型コロナワクチンの集団接種会場で働く医療従事者に水分補給をしてもらおうというもの。井上会長は「これから暑くなる中でのワクチン接種業務で、熱中症対策になればと思います。日頃から医療の最前線で働く方々に感謝の気持ちをを込めて贈ります」と目録を原田市長に手渡しました。
日田市社会福祉協議会主催のフードドライブ(食品等寄付)に協力しました。
ご協力いただいた皆様ありがとうございました。
別府北RC、広島北RC、杵築RC、2720地区事務所からいただいた義援金・お見舞金を使い、同発電機を寄贈しました。
市と協議しプロパンガスを繋げばすぐに使え、長期保存も考慮した同タイプに決定。
10月16日、井上会長、頓宮幹事、三苫社会奉仕委員長が市長室にて、目録を原田市長に手渡しました。
藤蔭高等学校インターアクトクラブ(小畑彰斗部長・顧問 梶原一成先生)は、日田駅前とイオン日田店駐車場で豪雨災害への募金活動を実施しています。
実施期間
8月7日(金)まで
8月6日(木)16:00~17:00
8月7日(金)12:00~13:30
本日、日田RC例会で集まった募金は、募金会場でインターアクトクラブに手渡しました。
日田ロータリークラブ会長 井上太香美
本来ならば、ガバナー公式訪問例会ですので、会長の時間もロータリークラブに関しての蘊蓄(うんちく)を述べるべきでしょうが、その話は後程ごガバナーより詳細にお話があると思われます。よって本日は通常の例会の雰囲気でやらしていただきます。
7月に入りずっと曇り空が続いています。7日には豪雨となり天ケ瀬、津江方面では甚大な被害が発生しました。
日田の水害の歴史を振り返ってみると昭和28年の災害にたどり着きます。以来平成24年7月まで特筆されるような大水害は無かったと思います。私は、昭和28年の災害時は4歳になる年ですからもちろん記憶にありません。話によりますと三隈川の氾濫ということで、私の育った花月川の支流小野川も氾濫したとはいえ、市内ほどの被害はなかったと聞いています。とにかく平成24年の豪雨まで、63年間、水害とは無縁の人生でした。ところが、その5年後九州北部豪雨によって生まれ育った小野谷の姿は変わってしまいました。以来毎年のように避難指示が出るようになりました。その原因として、地球の温暖化等の影響が無視できなくなった気がします。
今日は私が初めて見た、平成24年の水害についてお話ししたいと思います。
7月3日の朝でした。玄関を開けると土砂降りの雨です。事務所まで約100mあります。その間に2本の用水路があるのですが、車道の上に水があふれていました。とにかくあちこちの用水路があふれて事務所の周りは水浸しの状態でした。この日の状態は、皆さんもそれぞれ目撃されたと思います。その日の夕方財津方面に様子を見に行った時、コカ・コーラのあたりまで浸水した事態に愕然とした次第です。私は小野地区の鈴連町で稲作をしておりましたので、翌日田んぼの状況を見に行こうしましたが、道路が土砂で寸断されており、通行止めでした。土砂を寄せて交互通行になり田の様子が見られるまでに数日かかりました。幸い私の田は、水につかったものの流されずに済みました。その時に見た景色は忘れられません。川に密生していたヨシが1本もありませんでした。苔のついていた石が真っ白になっていました。田んぼの川に面した石垣の草がきれいにむしり取られて、ピカピカに磨かれていました。水辺の砂も真っ白で後日、田の草をそこに捨てていたのですが、気が引けて掃除に行ったほどです。幾筋も谷川から道路上に押し流され岩石に山に驚きました、清流を取り戻した川の美しさ、この対比の不可思議は目に焼き付いています。作業が終わるころ1台の救急車が参りました。何か気になる救急車でした。私の田んぼより上はまだ道路が寸断されています。除去作業中の重機が、緊急車両の前を開けておりました。早く病人のところにつけたらいいなと念じつつ帰路についたのですが、翌日私の元に届いたのは、幼馴染で同級生の友人の訃報でした。結局救急車は間に合わなかったのです。