職業奉仕賞 小川幸子師長 新関内科医院
業奉仕賞受賞者 小川 幸子 氏
今回このような賞を頂き、日田ロータリ−の皆様にお礼を申し上げ、簡単に私の職歴をここで述べさせて頂きたいと思います。
出生地は大分県の穀倉地帯宇佐平野で、団塊世代の生まれです。
京都の看護学校を卒業して小児科病棟主任として小児科看護を専攻していました。しかし、日田では小児科病棟がなかったため、日田中央病院の外科で一年半勤務を致しまして、新関内科新設開業するにあたり中央病院院長紹介のもとに就職し、今年の8月で40年になりました。その間、今では介護保険の導入で在宅診療の訪問看護と在宅での療養が主となりつつありますが、40年前は往診というかたちで院長と同行したものです。雨の日も雪の日も、猛暑の日も、在宅で先生の来る日を待っている患者さんのもとに出向き、凍結した坂道を往診カバンを抱えてよじ登り、冷たい手に息をふきかけて診察介助をしたものです。ほとんど変わらない診察介助でも診療報酬の請求する場所が違っているのかと思っている私です。
さて、私の仕事に新しく加わったのが、日田准看後学院の非常勤講師です。大学の教育課程で学んだこともない私が講師として講義をするのです。ただ先輩が後輩に、これから現場で働くために学んで欲しい基礎課程を教える役目です。患者さんの立場になってこんな看護師さんがそばに寄り添ってくれればと思ってくれる看護師を育てようと、明るい笑顔ではなくて、微笑みを絶やさない人になってほしいと、鏡を見ての練習でなく、幼児がそばにいれば笑顔を投げかけて、それに対して可愛らしい笑顔を返してくれたり、手を振ってくれたりすれば、その顔こそ素敵な微笑みだから決して声をたてて笑う必要がない。やさしい眼差しで常に相手を二人称と思って看護して欲しいと言ってきました。
さて最後になりましたが、一番初めに手掛けた仕事が、地域の看護師さんの質の向上を少しでも伸ばそう。大病院のない地域に根差している看護師さん達に少しでも先進医療看護を知ってもらいたい。高速道路が開通していない時、県看護協会の講演会研修会に参加するには公共機関の乗り物を利用する事、駐車場がない。朝一番下り列車に乗るには5時に日田を出て森駅で久大線に乗り換えての参加でしたので、なんとか日田で多くの看護師が参加できるには自分たちで講師を招き、場所を探して実行することができました。今では事務局の役割を西部保健所が手伝ってくれて、日々、看護師の質向上のために引き続けてくれています。
以上、私が日田で看護師としての皆様の協力で頑張ってこられた現状です。ありがとうございました。